昨日と今日
さっきと今が
繋がっているように感じることが
安心材料であり
そうでなくては
逆に気持ちが安定しないのであれば
やはりその現実を
体験していくのだと思う
でも
その必要はないよ~
もう私に
その支えはいらないよって
そうなって初めて
その時間軸の信頼や支えは
必要なくなると思う
体験したいものを体験する
制限が欲しい人もたくさんいる
制限を望み
その枠内を楽しんだり
壁にぶつかってバウンドすることを楽しむ人もたくさんいる
または
その枠に疑問をずっともちながら
生きていくこともある
私は17歳のとき
時間に疑問を持っていた
そのときは
意識しなかったけど
自動書記ってのを
たまにしていて
そのときに
ふっと感覚が降りた
あ、時間は無い
瞬間があるだけだ
瞬間瞬間、その積み重ねが時間の流れだと定義されている、と
そこで気付いた
あ、気付かされたのか?
あのとき
17歳のときのあの濃密な時間
今思えば
ちょっと前と同じようなことをメッセージもらっていた
今改めて
私にはもう時間の流れは
必要ないと
宣言したい
もし明日
私がこの仕事を続けるのは
明日の私がこの仕事を続けたいと思うから
でももしも
明日の私が
この仕事を
必要ないと思うなら
明日の私はこの仕事を辞める決断ができる
なぜなら
仕事が私を支配しているのではなく
私が
今日、今、選択してこの仕事をしているからだ
16年前の私の選択が
今日の今、ここに続いているのではない
と、気付いたのが遅いかな…