ぐどん | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

私のなかにある思い

で、「愚鈍なものに知らしめる」という
キョーレツなものがありました



あ「キョーレツな弱さや恐れ」ってコトですよ


私の中の「私自身を守るもの」です

つまり私にとって「大事なもの」です
「忌み嫌うもの」ではないです

でも
もう、いらないけど


たぶんね
あるひとだけが知っていたり
勉強したり研究したりして気付いたこと
それがすごい発見だったりして
本人もこれこそが
真実だと思い
周りの人に広めたり
教えようとしたのに

周りの人に受け入れられずに
バカにされたりして
憎しみに変わったという
そういうことだと思うんですね

それで
それをね
バカにしていたり
気付かない振りをしていたような人たちに
自分たちの愚かさを気付かせたい
(決して「無知」であることでなく「愚鈍」であることってのがポイント)


その気付いたときに
後悔するであろう
その姿
困っている姿を想像する

そうすると少し気が済むのかな?

細かいことは考えないけど
つまり
結果、どうなってもスッキリなんて絶対しないんだけど


もとはピュアな気持ちがあって
それが傷ついたことから
それが形を変えて
憎しみや優越感になり
自分を守ろうとしたってことだ

それだけ~


私の手を下さなくても
誰かの手でも全然良くて

その人たちの
無関心や意図的に無知であろうとする愚かさが
その人たちにとって「悪い」結果を生むのが、いいと 「最良」だと
そう思ったのだ


ふだん、思ってないけどね

ふと何かの隙に
そんな気持ちが襲ってきたので
「おお?コリャなんだ?」と思って
向き合ってみた


うん
きっと今生の過去からかもしれないし
過去世からかもしれないし
集合的な意識かもしれないし
わかんないけど

それが私の中にあったのを見つけて
よかったなあと
思った

見つめたときに
ぷう~~っと膨らんだ「それ」は
恐かったよ


自分が理解されない苦しみとか
認められない辛さとか
自分を下に見られたような屈辱感が一緒になって
来た

つまり
自分自身を「愚鈍」と見ることを
許していたということだからね


あー
そんなわけで
俺を認めないやつらはダメなヤツ、バリの「知らしめたいパワー」が満載な人のツイッターを
違和感を持ちながらも
見続けてしまったわけだ

今も彼のツイッターをたまに覗くけど
けど
「人間だー」と思う

誰も彼もが
人間だーーー

それでいいし
おもしろいものだけ
自分が拾って
気持ちよくなるものだけ
自分が感じればいい~と

思った

なおさらに。