人は振り子のように生きるもの
憎しみを知り
許しを知る
憎しみばかりに偏る時期があってこそ
許しを深く知ることができる
どっちかに偏っている時期があるのは
決して悪いことではなく
普通のことで
対極を深く知るための
プロセスであるといえる
だからこそ
二元性を
深く知っている最中の私たち
きっとユニティ
ワンネス
合一
なんとでも
でもその状態を深く
深く
実感できるはずだ
この振り子の原理は
すべてにいえる
だから
今怒れる感情も
今襲う深い悲しみも
不安も
否定できるものでなく
対極を深く知るための
ただの
プロセスだと思う
そして
両方に振れて
初めて
「真ん中(判断なし)」を知るのではないかな