どーでもよくなった | ひとやすみの日記

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自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

うーん
すべて劇(比喩ね)だと思うと
馬鹿馬鹿しく思えて
東京の人が逃げないのも
ホントーにどーでもよくなっちゃった…
そーだよね

それぞれの経験だし「役」だから
私には関係ないね
私だったら違うことするのにな、ってのは いつでもどこでもあるものだよね
健康に関わるか関わらないかって違いだけだ
「健康を害して初めて気付く」「仕方なく(と、思い込んで)あきらめてそこにいることを選ぶ」って経験をしたい人もたくさんいるんだ
そういう役だし、それは自由だ
その「役」でしか経験できないことなんだ

もちろんその危機を訴える人もそういう「役」だろうし
政府の人も
東電の人も
無関心の人も
みんなそれぞれに「役」があって
誰がどうするべきなんて無くて
それでいいんだね


それぞれが勝手に気付くことなんだ

被曝する子どもも
「私は被曝する」と決めて生まれて来るんだ

運命論ではないけど
ある程度大筋
決まっていると思う

で、その上で経験をする
周りの状況や人に
揺さぶられる人は
揺さぶられる原因を自分の中に持っているので
受け入れて 変わる経験が必要あるんだろうし
何にも揺さぶられない人は、その時点ではその必要がないわけで
それはそれで
どんとしてりゃいんだ

ただ
揺さぶられてるくせに
それに気付かない振りをしていたり
都合よく解釈したり
きちんと自分で判断せず言いなりになって
本当のことから
必死で目を逸らしている人の存在が
私は気に食わなかったんだね

きっと
それは私のことだから
そして過去の私のことだから
ま、きりが無いけど
つまり…いきついたのが
「世の中 なんでもあり」
ってことだ☆


生まれる前に申し合わせの済んでいる役
それぞれきまった
「それぞれの為」の経験をするための舞台

それがこの日本
地球


それだけのことで…
目も口も耳も
一人分しかないし
脳みそも一人分
体もひとつ
時間も一日24時間しか現実世界を体験できない

だから
気になることも
気にならんことも
あるのが当然で

気になることだけに
気をつけて
なぜ気になるのか
その感情を見つめて
受け入れて
許して
その連続なんだね