さっきの続き 覚書 | ひとやすみの日記

ひとやすみの日記

自分のための整理ノートです。
   
読んでくれても ありがとう☆

「想像できる範囲の体験世界」

それじゃ、面白くない

けれども

想像できない体験をすることもある

それが自分が決めてくるディバインタイミングのひとつってこともあるのかもしれない



今まで1回も想像をもしたことも無い
夢で見たことも無い
テレビで見ていいな~と思ったことも無い
予期しないような体験って
ある人もいるだろう


すくすく育つ信じて疑わなかったわが子に突然に不幸があったりとか…ってのもそうだ


期待と希望しかないのになぜそんなことが起こるのか

そういうことは
きっと自分と(子どもで)決めてきた
学びのための出来事なのだろう
すごいハードな選択だけど、超濃縮された学びだろうな…

そして
喜ばしい事件も
同じように決めてきたもので
想像外に起こるものがきっとある


それにしても
赤ちゃん~子どもの世界の制限は
どうやって
作られている?

やっぱり人間として生まれたら
重力を感じて
寒さを感じ暖かさを感じ
匂いをかいで
排泄の違和感に泣き
衣類の不快感に泣き

えーと

とにかく、少しずつ、少しずつ慣れてくる

記憶をもちろん再生しながら安心する風景の中に生きる
そして
まっさらながらに
父親と母親のやり取りを見て
嫌な感情が伴えば
悪い記憶の再生の元を増やしていく(きっとそれはそれに気付くまで続いていく、つまり一生続く人もいる)
子どもはまず、自分を含めた家族同士のやり取り
コミュニケーションを見て
記憶を根付かせていく

パターンを記憶していく
そこに伴う感情も一緒にもれなく記憶されるから参ったものだ

そんな感じで保育園にいって、さらに感情を伴う記憶を作ってくる

だけど
幼いうちは他人より 父親と母親の影響は圧倒的に大きいので
彼らの言動や行動のパターンや反応が
子どもたちのこれからの行動の「元」をしっかり作る

うん、親って責任重大よね
そう考えるとさ

そして
もちろん
経験からの記憶の再生を行っていくのもあるけれど
本人ですらよくわからん「過去世の記憶の再生」も行っていく

そして
DNAに刻み込まれた性質を持ってして魂と共に
それを体験していく


そういうことか

なるほど

覚書