子どもを
余裕を持って育てている人が世の中には
たくさんいる
けれども
逆のパターンも
たくさんある
「一緒にいるとイライラする」とか
「寝てるとき以外はひどくてたえられない」とか
「キーってなって投げたくなる」とか
「理解できない」とか
「かわいいと思えない」と「むかつく」とか
本気で言っている人もいて…
いろいろ
聞くと「へー…」(そういう人もいるんだ…驚)という感じだ
私自身が
子どもを純粋に愛することが今現在できているからだ
子どもを自分に重ね合わせず
個人として信じながら
個性を尊重して育てようと思っている
もちろん、基本的にいけないことは言って聞かせるようにしている
もし、子育てが辛いと思う人がいたら
それは…
子どもを持つにあたり
その人自身が子育てに伴って課題をこなせるように設定してあったのかもしれない
自分でね
そういうふうにしてきたのかも
子どもが障害をもっていたとしても
それもひとつの合意の上で、そうしてきたんだと思う
または
今まで見つめてこなかった問題を
「自分の子ども」という
見つめざるを得ないほどに大事な存在を通して映しているからかもしれない
私は今
子どもを通して
自分の問題を見ずに済んでいるのは
とてもありがたいことで
感謝している
きっと
私の宿題はその前に
だいぶ違うことで片付いてるからかもしれないけどさ
自分が持っているものはなかなか見えない
自分が持っていないもので
他人が持っているものはよく見える
だからこそ自分以外の
誰かも課題を持っていることに気付きにくい
自分だけが過酷なときを過ごしてるわけではない
それぞれが
それぞれの課題を持っている
タイミングがちがったり
種類がちがったりするだけだ
課題は
向き合って
力を抜き
受け入れて
許せば
消えていく
それだけの作業なんだけど
難しいんだよね
本当に…
私も子育てにおいて
そのうちに
いろいろさらにあるんだろうけど
絶対に乗り越えられる強い自信がある
なぜかな?
この自信は?
やっぱり愛か?信念か?
「悪いようになるわけが無い!」と思う
昔から「子育て」は夢だった
自分の子育ての時期を「私の黄金時代」と呼んだ人がいたけれど
私もまさしく
そうありたいほどに
それを喜びとすると思う
そんな私も
仕事が休みでも
保育園に預けちゃう日も結構ある
「え~それで?子育てが喜びとか言っちゃう?」と思う人も
もしかしたらいるかもしれないけど
はい!言っちゃいます!
子どもを育てるのが喜びでも
私はフルタイム勤務
内容もかなりハード
脳も体も気持ちも手先も使う
だから自分自身の休息がまず、優先 だと信じてる
そして
それがしっかりと認識できて罪悪感が消えてからは
堂々と気持ちよく預けれるようになった
どんなに子どもが大事でも「まず自分」だよね
すべてにおいて
そうだよね
今を見つめ
今に生きる
景色が変わったり
登場人物が変わったり
そんな変化を楽しみたい