最初はぶっちゃけ興味なかったんだけど。。。
初めて「環境問題」という言葉を聞いた時、
自分に何かできることがあるんだろうかという疑問を抱き、答えは「否」だった。
というより、テーマが大き過ぎて、具体的に思いつかなかった。
阪神大震災をくらった時も、周りの人たちと助け合わなかったかと言われれば助け合ったが、
積極的に被害の大きな地域に行って、人を助けはしなかった。
他の地域から来たボランティアの人たちが何の為に周りの人を助けていたのかは理解できず、
被災者である自分が同じ街の人たちを助ける余裕はないというイメージに支配されていた。
助けたくなかった訳じゃないし、見えないフリをしていたつもりもない。
そりゃ、当然、目の前に困っている人がいれば、助ける。
隣の家の人が瓦礫に埋まっていたら助ける。
「人間として普通」とか「当たり前のこと」とか、固定観念に支配されているつもりはないが、
まぁ、自分が自然と助けたいと思うだろうからだ。
これは、簡単に言えば、自分が瓦礫に埋まらずに助かって、
自分が隣の家の人を助ける余力があるからに他ならない。
ただ・・・。
隣の家が3軒並んで倒壊していたらどうだったか。
⇒顔見知りだろうし、助けようとしたと思う。
隣の家が50軒並んで倒壊していたらどうだったか。
⇒自分にできることはやるだろうが、基本、人に頼んだと思う。
知らない人もいるし、どこかで、自分で助けることを諦めたと思う。
自分の力の限界をどこかで決めつけて、人に任せていた気がする。
自分の仕事は、救援隊を呼ぶことだと自分の中で決めつけていたと思う。
「環境問題」という言葉には、似た部分があるんじゃなかろうかと思う。
“自分に何ができるかが分からない”
“自分に関連性が見つけられない”
この2つの問題点を少しでも解消できたらと思う。
自分がこれをやる理由は3つある。
“自分が、地球や他の人(動物)が存在してこそ成り立っていること”
“自分が、地球規模で見れば、少し地球を汚していること”
“環境を改善する面白そうなことが見つかった”
この3点だ。
少しでもこの3点を他の人にも共感してもらえれば嬉しいし、
一緒に楽しく、環境に良いこと、自分(の健康)にとって良いことを実践できればと思う。
難しく考えるつもりはない。
「自分の始末は自分でつける」ということだけ。
「発つ鳥、後を濁さず」的な考え。
無限に地球に良いことをするつもりもないし、無限にヘルシーな身体になるつもりもない。
マイナスな状態を続けるのではなく、0もしくは、+1の状態にしようと思うだけ。
全ての人間の汚している度合いが0になれば、地球は存在し続ける。
ただ、全員が0になることは気が遠くなるほど難しいから、半分の人間がマイナス1に留まり、
半分の人間がプラス1になるようになればと思う。
自分の周りの人間を巻き込んで、自分がプラス1になれるように、ブログを書いていきたい。
更新、頑張ります。