こんにちわ。
あいこトリップです。
ケチと節約の境目はどこにあるのでしょうか。
知り合いのチュラ大卒のタイ人でお金使わず、人を使う人がいます。華僑の方で実家はバンコクでファミリービジネス営むお金持ちですが、家業を継ぐ前の社会経験として片田舎のとある会社に勤務されています。
例えば通勤方法。
その方Aさんは、アパートと会社の行き来は全て同じアパート(部屋は別)で、同じ会社に勤めている友人Bの車に乗せてもらうことでまかなっています。
周りには電車、タクシー、トゥクトゥク、ソンテオはなく、通勤バスもないので、①自力(自分で車やバイクを運転していく)で行くか、②誰かに乗せてもらうか、③バイクタクシーと契約して迎えに来てもらうかが通勤の選択肢になりますが、Aさんは②を選びました。
帰る時間、立ち寄りたい場所、行きたいお店はお互いの合意のもとですが、車に乗せる側のBさんは自分の行動範囲や趣味が制限されるので、幾度となく、バイクまたは車を買うことをAさんに何度も薦めたそうですが、
Aさん曰く、
「バイクは日に焼けるし、車は高くて運転も怖いし、維持費もかかるから買わない。お金がもったいない。」
ということで友人を頼りにする通勤方法で4年が経ちました。AさんはBさんの車の維持にかかるガソリン代含む諸々のお金はもちろん払いません。
Bさんには彼氏がおり、Aさん(女)は友人で、恋人でも家族でもありません。Bさんはこうした通勤対応には心が疲れていると言っておりました。
タダ乗りを4年間続けているAさんはお金を節約できていいのでしょうけど、Bさんはその分疲れています。親しき仲にも礼儀ありという日本の古き良き言葉はAさんには通じないのでしょう。Bさんはちょっと優しすぎるかと。。このままではAさん自立できんのではないかと老婆心ながら心配になりました。
ケチと節約の境目は、人によって解釈は異なりますが、個人的には自分が自立したひとりの人間として生きていくに必要なことにお金を使えるかどうかかなと考えます。
友人への依存が全て悪いとは言いませんが、例えばバイクや車を買わない/買えないにしても通勤でかかっているガソリン代を負担するなり、代わりにごはんを奢るなり、なんらかの形で相手に対する日々の感謝や配慮が必要ではないかと思いました。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
それではまた。
