第1回:炎には24個の「名前のない何か」がある?――AIが人間とは違う世界を見始めた | 量子力学、科学、哲学、を自己満、承認欲求、備忘録、として思い立った事を好きなだけメモしていくブログ

第1回:炎には24個の「名前のない何か」がある?――AIが人間とは違う世界を見始めた

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AIが暴き出した人間の認知の限界 第1回:炎には24個の「名前のない何か」がある?――AIが人間とは違う世界を見始めた

私たちは、世界を「見たまま」理解していると思っています。

リンゴが落ちれば「重力」。 振り子が揺れれば「角度」や「速度」。 物が動けば「位置」「時間」「エネルギー」。

人間は長い歴史の中で、自然界に存在する現象を観察し、そこから重要だと思われる要素を切り出して一つ一つに名前を付けてきました。探求の道具としてその名前を使って数式を作り、物理学を築いてきたのです。

では、ここで一つ疑問が浮かびます。

私たちが「世界を理解している」と思っているものは、本当に世界そのものなのでしょうか。それとも、単に「人間が認識できて、名前を付けることのできたもの」だけを世界だと思い込んでいるのでしょうか。

2022年、Nature Computational Scienceに掲載されたコロンビア大学の研究が、この問いを非常に興味深い形で突きつけました。

研究タイトルは「Automated discovery of fundamental variables hidden in experimental data(実験データに隠された基本変数の自動発見)」というものです。

AIに「物理」を教えず、動画だけを見せる

研究者たちはAIに物理法則を教えませんでした。「これは角度です」「これは速度です」「エネルギー保存則を使いなさい」といった事前知識を与えることもしていません。ただ、動いている物体の動画を見せたのです。

最初に使われた代表的な例が「二重振り子」です。棒の先にもう一本の棒がつながっている振り子で、非常に複雑な動き(カオス的運動)をみせます。人間の物理学では基本的に、以下の4つの状態変数で記述できます。

上の振り子の角度
下の振り子の角度
上の振り子の角速度
下の振り子の角速度
つまり、人間側の用意した答えは「4」です。

ところが、AIが動画から推定した変数の数は「4.71」でした。研究チームも「4に十分近い」と判断しており、補足資料ではこの推定値は 4.71 \pm 0.03 と報告されています。

ここだけを見ると「AIは0.71個の未知の変数を発見した!」と言いたくなりますが、そこまで言い切ってしまうのは科学的には正しくありません。

4.71は「変数が4.71個存在する」という直接的な意味ではなく、AIが学習したデータ構造について推定した内在次元(intrinsic dimension)の値です。さらに同じデータを別の次元推定法で測ると、4.69、5.00、3.33、3.63といった値も算出されています。

したがって、4.71という数字そのものを新しい自然定数のように扱うことはできません。

しかし、話はここで終わりません。むしろ面白いのはここからです。

AIが使った「変数」が、人間の変数と一致しない

研究者たちは次に、「ではAIは何を変数として使っているのか?」を調べました。

すると、AI内部の変数のうち2つは、振り子の角度とある程度対応しているように見えました。ところが残りの変数については、角速度、直線速度、運動エネルギー、位置エネルギー、あるいはそれらの組み合わせなど、人間が知っているさまざまな物理量と比較してもきれいには一致しませんでした。

それにもかかわらず、AIはその内部表現を使って未来の運動を正確に予測できていたのです。

研究チームは「自分たちはAIが使っている数学的言語をまだ理解していない」という趣旨の説明をしています。

これは非常に重要な示唆を含んでいます。AIが新しい物理量を発見したと断定できるわけではありません。もっと単純に「人間なら角度と角速度という座標を使うところを、AIは2つの角度と速度が混ざった別の座標系で世界を表現している」だけという可能性もあります。

しかしそれでも、十分に面白い事実です。「同じ現実を表す数学的な方法が、人間の用いる方法ひとつだけとは限らない」ということが示されたからです。

そしてAIに「炎」を見せた

研究チームはさらに、人間が状態変数を簡単には決められない現象をAIに見せました。

・エアダンサー: 8 ・ラバランプ: 8 ・炎: 約24

炎を見せた際、AI内部の推定は「24」という数値を示しました。

ここも誤解してはいけません。「炎には未知の物理量が24個存在する」という意味ではなく、正確には「AIが映像中のダイナミクスを表現するために必要だと推定した内在次元が約24だった」ということです。論文自体も「intrinsic dimension」「candidate sets of state variables」といった慎重な表現をとっています。

しかし、この慎重な立場を守ったうえでも、大きな問いが残ります。

人間は自然界に存在する膨大な情報の中から、自分たちに理解できるものだけを選び出し、それに名前を付けているだけなのではないか。

では「4.71」の0.71は何なのか

この数値を調べ始めて、さらに興味深い数学に出会いました。

AIが使った次元推定法の一つに「Levina–Bickel法」があります。この方法では大まかに言えば、「あるデータ点の周囲に半径 r の球を作ったとき、半径を広げるにつれてデータ点がどのくらい増えていくか」を調べます。

d 次元空間なら、局所的なデータ量はおおむね以下の関係で増えていきます。

N(r) \propto r^d

その増え方から d を逆算する仕組みです。

つまりAIは、「1個、2個……」と数を数えているのではなく、データが何次元の空間のように広がっているかを測っています。そのため、4.71のような小数が出ても不思議ではありません。ノイズ、データ量、多様体の曲がり方、AI内部での埋め込み方などによって、理論上の「4」から少しずれることは自然な現象です。現時点では、これが最も堅実な説明です。

数学の側から探す「4.71」という数字

ここからは確定した「発見」ではなく、あくまで数学的な比較の話です。

円周率や自然対数の底、黄金比などの定数を組み合わせれば、4.71に近い数字はいくらでも作れます。

・e\sqrt{3} \approx 4.708 ・2^{\sqrt{5}} \approx 4.711 ・e + 2 \approx 4.718

そのため、「数字が近い」というだけでは意味を持ちません。しかし、その中にひとつ、今回のテーマと構造的に興味深い整合性を持つものがあります。

それが「3次元と4次元の球」です。

3次元から4次元へ進むと現れる「4.712388…」

通常の3次元の球の体積 V_3 は以下の式で表されます。

V_3 = \frac{4}{3}\pi R^3

一方、4次元の球の境界である「3-sphere」の超表面積 S_3 は次のようになります。

S_3 = 2\pi^2 R^3

この2つの比率を計算してみます。

\frac{S_3}{V_3} = \frac{2\pi^2 R^3}{\frac{4}{3}\pi R^3} = \frac{3\pi}{2}

そして、この値を小数にすると以下のようになります。

\frac{3\pi}{2} \approx 4.712388980\dots

AIが算出した値は 4.71。その差は約0.0024(約0.05%)であり、非常に近い値です。しかもこれは適当に定数を掛け合わせたものではなく、「3次元の球」と「4次元球の境界」との比率から自然に導き出される無次元数です。

誤解してはならないポイント

だからといって「AIの出した4.71の正体は \frac{3\pi}{2} だった」と結論づけることはできません。現時点でそれを裏付ける証拠はありません。

重要なのは別の点です。AIの次元推定と高次元球の幾何学には、「どちらも d 次元空間における局所的な小球の広がり(r^d)を扱っている」という共通した数学的基盤が存在するということです。

n 次元球の体積は、ガンマ関数 \Gamma を用いて次のように表されます。

V_n(R) = \frac{\pi^{n/2} R^n}{\Gamma\left(\frac{n}{2} + 1\right)}

Levina–Bickel型の内在次元推定も、局所的な小球の中でデータ点がどのように密度を増すかを利用しています。

単なる数字の一致を証拠とするのではなく、「AIが次元を測る数学」と「高次元幾何学」が同じ概念を扱っているという点に、真の数学的接点が存在します。

「4.7次元」という世界は存在するのか

数学において、次元は必ずしも整数である必要はありません。

例えば「フラクタル」の領域では、1.2次元、2.06次元、2.7次元といった非整数次元が普通に現れます。カオス系においても、アトラクターの複雑さを表す次元(ハウスドルフ次元など)が小数になることは一般的です。したがって、4.7次元という数字自体が数学的に異様なわけではありません。

ただし、今回の二重振り子について「現実の世界が本当に4.71次元だった」と結論づけることもできません。理想化された二重振り子の状態空間は厳密に4次元だからです。

もし4を超える情報が実物の映像に含まれていたとすれば、以下の要因が考えられます。

・摩擦や軸受の微小なブレ ・振り子の面外方向への揺れ ・カメラの歪み、光や影の変化 ・映像ノイズ

これら教科書上のモデルには含まれない要素をAIが拾い上げているか、あるいは単なる次元推定法の誤差である可能性があります。

宇宙の論理や物理公式との関係

この「4.71」という数字から、E=mc^2 や、宇宙を構成するダークマター・ダークエネルギーといった概念を連想したくなるかもしれません。

しかし、ここは明確に線を引くべき部分です。E=mc^2 から4.71という特別な定数が導かれるわけではありません。また、宇宙論において通常の物質が全体の約5%を占めるという話も数字としては近く見えますが、あちらは割合(パーセンテージ)であり、AIの出した数値は推定された次元です。性質の異なる量を数字が似ているという理由だけで結び付けるべきではありません。

本当の問い:「人間は何を見落としているのか」

二重振り子を見て、人間は4つの変数を選びました。一方、AIは人間には意味の分からない変数の組み合わせを使いながら、同じように未来の運動を予測してみせました。また、炎を見せるとその内部構造を約24次元として捉えました。

ここで重要なのは「AIが人間より賢い」という単純な比較ではありません。

「知性が違えば、同じ世界から切り出す『重要な概念』そのものが異なるのではないか」という根本的な問いです。

人間は世界を「色」「形」「時間」「距離」「温度」「速度」「感情」「言葉」などに切り分けて理解しています。しかしそれは、宇宙が最初からその項目で分かれているからなのでしょうか。それとも、人間の脳の認知構造が理解しやすいように世界を解体・補正しているだけなのでしょうか。

私たちは「世界そのもの」を見ているのではないのかもしれない

これは科学を否定する話ではありません。むしろ逆です。科学が高度に発達したからこそ、「人間が作った説明方法以外にも、同じ現実を記述するアプローチが存在するかもしれない」という領域に到達したのです。その可能性を、AIが具体的なデータを通して示し始めています。

研究責任者のホド・リップソン(Hod Lipson)教授は、次のような問いを投げかけています。

「もし知的な宇宙人と出会ったとしたら、彼らの文明は私たちと同じ物理法則を発見しているだろうか。それとも、まったく違う変数を用いて宇宙を記述しているのだろうか」

同じ宇宙を見ていても、人間には「4」に見える現象が、別の知性には全く異なる構造として見えている可能性があります。

「4.71」が残した違和感

現時点で最も誠実な科学的結論は、「二重振り子は4状態変数であり、4.71は次元推定による近似値(誤差を含む値)である」というものです。この前提を崩すべきではありません。

しかし同時に、3次元と4次元の球の幾何学を比較した際に \frac{3\pi}{2} \approx 4.712388\dots という数値が自然に導かれること、そしてAIの次元推定が「高次元空間における局所的な球の広がり」を利用しているという事実は、単なる偶然として切り捨てるには惜しい数学的接点を含んでいます。

科学は「似ているから正しい」では進みません。

・条件を変えても同じ数値が現れるのか ・シミュレーション環境でも4.71になるのか ・ノイズやカメラの歪みを排除すれば4.00に収束するのか ・別の物理系でも同様の幾何学的関係が観察されるのか

こうした検証を重ねて初めて、数値の真価が明らかになります。

人間の認知の限界へ

炎には本当に24個の「名前のない物理量」があるのか。二重振り子の4.71に特別な意味があるのか。現時点ではまだ分かりません。

しかし、確実に言えることがひとつあります。

これまで人間は、自ら発見し名前を付けた変数を使って世界を解釈してきました。しかし今、AIは「その変数の選び方自体、本当に唯一の解なのですか?」と問いかけています。

もしかすると未来の科学では、現在の私たちには名前すら付けられない概念を用いて、AIが自然現象を説明する日が来るのかもしれません。

そのとき私たちが直面する最大の課題は、「AIが答えを出せるか」ではなく、「AIが見つけた世界を、人間が理解できるかどうか」という認知の限界そのものなのです。

次回予告: 同じ世界を見ているのに、AIと人間では“世界そのもの”が違って見える可能性はあるのか。人間の認知、AIの内部表現、そして「現実を見る」という営みの本質について考えていきます。

【参考文献・参考資料】 ・Boyuan Chen et al., “Automated discovery of fundamental variables hidden in experimental data,” Nature Computational Science, 2022. ・Columbia Engineering, “Roboticists Discover Alternative Physics.” ・Columbia University Creative Machines Lab, “Hidden Variables.” ・NIST Digital Library of Mathematical Functions, n-dimensional sphere.