日本は「子どもを産ませない国」になった…政府は「日本人の9割を正社員にする」覚悟があるか


2024.4.13

現代ビジネス


年収443万円安すぎる国の絶望的な生活』


平均年収443万円――これでは普通に生活できない国になってしまった。なぜ日本社会はこうなってしまったのか?

重版7刷の話題書『年収443万円安すぎる国の絶望的な生活』では、〈昼食は必ず500円以内、スタバのフラペチーノを我慢、月1万5000円のお小遣いでやりくり、スマホの機種変で月5000円節約、ウーバーイーツの副業収入で成城石井に行ける、ラーメンが贅沢、サイゼリヤは神、子どもの教育費がとにかく心配……〉といった切実な声を紹介している。

平均年収があったとしても、子どもの教育費にかかる不安が大きいなかで、本当に必要な少子化対策とは何か、問題提起したい。


深刻すぎる少子化の根本原因

「政治家なんて、物の値段はもちろん、私たちの生活なんて分かってないと思うのです」

年収443万円』に登場する北海道に住む女性(20代)は、寒い冬でも灯油代を節約するためストーブをつけるのは一部屋だけ。小学生の子どもの習い事も減らして出費を抑えている。食品の価格も高騰するなか、玉ねぎが1個80円もしたら買えないでいる。

新型コロナウイルスの感染拡大でアパレル店舗での職を失った。第二子が保育園から退園にならないよう清掃のパートでつなぎ、副業を始めた。夫の収入が頼りだが、その夫もコロナの影響で仕事を失いかねない状況だ。正社員の職を探しても賃金は低く、子育てと両立できないのが目に見えている。


「政府が賃上げと言っても、地域の実情なんて知らない」と、女性は憤りが隠せない。

少子化の大きな原因は、失われた30年の間に蔓延した「雇用の劣化」と「政治不信」だ。

子どもを望む世代、子どもが授かった世代が抱える不安は、大きく2つあるのではないだろうか。ひとつは、「今、抱えている不安」。もう一つは、「将来の不安」。この2つの不安の解消が必要だ。


究極の自己責任の世界

「今、抱えている不安」には、雇用や収入の不安と保育園問題がある。経営者を向いた政治が長く続くなかで、雇用の規制緩和が繰り返されて、企業は非正規雇用を増やして利益を確保するという麻薬のようなうま味を覚えてしまった。

雇用については、非正規雇用が増えたことによる歪が少子化となって現れている。バブル崩壊前の1990年の労働者に占める非正規雇用の割合は約2割だった。それが今では約4割という異常な事態に陥っている。

数ヵ月単位、1年単位で雇用契約が結ばれ、いつ失職するか分からないなかで、子どものいる生活を考えることができるだろうか。


非正社員の増加は、正社員にとっても無関係ではなかった。正社員も人件費削減の煽りを受けて、「非正社員よりいい」「嫌なら辞めろ」「不況だから働けるだけまだいい」というプレッシャーのなかで労働条件の悪化を受け入れざるを得ない状況だ。


安倍晋三政権下の働き方改革の一貫で、残業時間の上限規制が緩和され、いわゆる「働かされ放題」状態に。さらには高所得者層も狙われ、高度プロフェッショナル制度が導入された。

高プロ制度とは、年収1075万円以上で、金融界で働くディーラーやアナリスト、経営コンサルタントなどを対象に、年間104日以上の休日確保や健康管理が行われていれば、労働基準法の労働時間、休息、休日や深夜の割増賃金が適用されなくなる制度。これでは、究極の自己責任の世界で生きることになる。

残業時間の上限規制が緩和され、副業が推奨されるなど、正社員であっても安心して子どもを持てると思える労働環境にない。


規制緩和を行ってきた自民党の重鎮でさえ「正社員で9割を占めるようでなければならない」と言及している。非正規雇用の比率が高い小売り業のなかで業績を伸ばし続けている企業は正社員比率が高いことも珍しくない。


これまで行ってきた雇用の規制緩和が失政だったと認め、「格差是正法」のような新法を作って、雇用や収入が安定する手立てを打たなければ、少子化は止まらないだろう。

たとえ早期に正社員比率を高めることが難しくても、岸田政権が「勤労者皆社会保険」に言及している点は評価できそうだ。筆者は『年収443万円』でも、働くすべての人に社会保険、特に労災保険の適用が必要だと提起している。


社会保険料の負担や固定費増を嫌う企業は、法制度の網の目をすり抜ける。業務請負契約にすることで社会保険の加入が避けられるため、ウーバーイーツなどをはじめ、業務請負で働く人が増えているが、労災保険がかけられないまま事故に遭えば、失うものが大きい。

働くうえでの"足元"が揺らいでいるようでは、倒れないでいるので精一杯。安定した雇用や社会保障がない不安定な地盤のうえでは、個人も経済も成長できないのではないか。非正規雇用の増加が日本の成長を止め、世界の賃金上昇から置いていかれた現実が、雇用施策の失敗を物語る。


労働で対価を得る人全てが社会保険に加入できる仕組みを作ることでセーフティネットを作りつつ、正社員を増やす。もはや、ここから逃げるわけにはいかないだろう。

少子化対策で忘れてならないのが、事実上の「妊娠解雇」が依然として多いことだ。連合の調査では、第一子妊娠を機に退職しているのは正社員で5割、非正社員で7割に上る。

現在、平均年収を得ていたとしても中間層が沈みつつあり、いわゆる"普通"の生活が難しくなるなかでは共働き収入は必要不可欠だ。生活を維持するため、あるいは仕事のやりがいを失わないために妊娠を躊躇してしまう労働環境にある。


労働基準法や男女雇用機会均等法によって、妊娠や出産を理由にした解雇、左遷や降格処分などの「不利益な取り扱い」は禁止されている。法制度があるにもかかわらず、妊娠解雇が横行することに歯止めをかけなければならない。


「2人目なんて考えられない…」

少子化を招くもう一つの「今、抱える不安」は、孤立する育児環境や保育園の問題によるところが大きい。

妊娠を望む時期から子育てまで切れ目ない支援を拡充する必要がある。核家族化が進み、雇用の分断が社会の分断をもたらすなかでは、「子どもをちょっと見ていて」と気軽にいえる人がいなくなり、育児を辛くさせている。シングルマザーシェアハウスのように、近所の人と気軽に交流できる場を作ることが望まれている。


ある女性は「ワンオペ育児で、2人目なんて考えられない」と話す。また、第二子を妊娠中の別の女性は「夫は仕事でほとんど家にいない。2人目が生まれたら、2歳の子と赤ちゃんをどうやって私一人でお風呂に入れたらいいのか? どうやって寝かしつけたらいいのか」と頭を悩ます。依然として、夫のワークライフバランスも重要なテーマだ。

育児で孤立しないよう、仕事を辞めていても、育児休業中でも、フリーランスや個人事業主でも、保育園に預けやすくできるよう入園・利用の要件を緩和し、保育園で気軽に育児相談ができるようにすることも必要だ。そして最も重要で、待ったなしの対策は、保育の質の向上だ。


保育園が利用しやすくなったとしても、保育士による園児への虐待、不適切な保育、ケガや死亡事故などが起こっていては、本末転倒だ。

不適切保育が散見されるなか、保育の質の向上のための急務の課題は、保育士の処遇改善と最低配置基準の引き上げをセットで行うことだ。


現在、私立の認可保育園では運営費を指す「委託費」の大半を占める人件費を他に流用できる「委託費の弾力運用」という制度が国から認められている。そのため、本来は保育士にかける人件費が経営者の報酬、株主配当、事業拡大などに回ってしまっているのが現状だ。

委託費のうち8割以上が人件費を占めるが、実際には保育士の賃金が低く抑えられているケースが少なくない。そのうえ人員配置をギリギリにすることで、人件費支出を4~5割に抑えて利益を確保する事業者が散見されるようになった。これではいくら国や自治体が処遇改善費を出しても、バケツの底に穴が空いたまま水を注ぐようなもの。


公費で出ている人件費をきちんと人件費に使う。この当たり前の規制を行うだけで、保育士の処遇は大きく改善する。公的な保育園の運営費は税金がベースとなっているのだから、使途に制限をかけるのは当然のこと。自民党政権下で委託費の使い道が自由になりすぎ、今や年間収入の4分の1も流用することができる。保育園で正しく税金が使われたのか、少なくとも園ごとに運営費の使途を公開するべきだ。

それと同時に、長年問題視されてきた保育士の最低配置基準の引き上げを今こそ断行しなければならない。認可保育園では、0歳児3人に保育士1人(「3:1」)、1~2歳児は「6:1」、3歳児は「20:1」、4~5歳児は「30:1」となっている。4~5歳児の基準は、戦後まもなく決められたまま、約70年と変わっていない。


「もう高卒で良いのでは」

そして、「将来の不安」の解消も同時に行わなければならない。

年収433万円』では、子どものいる世帯では教育費の不安が大きかった。神奈川県に住む男性(40代)は、「小学生の一人娘の学資保険が月2万円、私の小遣いは月1万5000円です。妻の体調がよくないため働けず、私の年収520万円では毎月赤字が出る生活です」と嘆く。

私大に進学したばかりの子どものいる家庭では、初年度に大学に120万円を支払い、一部は奨学金で賄った。保育士である母(40代)は、「大学は無償化か、せめて学費の安い国公立を増やしてほしい」とため息をつく。


奨学金は借金、その子が苦労することになる。学費がねん出できず、「もう高卒で良いのでは」という声が、予想を超えて多かった。


都内在住で世帯年収が約1000万円のケースでも、小学生と保育園の子の学費をためるのに、母は昼食220円、父も370円の弁当で節約。ペットボトルのお茶は飲まない、スタバは高いから我慢。常に最安値で買い物をする日々だ。

出産年齢が上がっているため、近い将来に訪れるだろう親の介護も切実だ。やはり『年収433万円』で就職氷河期世代の近未来の姿となるであろう50代半ばの男性は、介護度は低いが認知症のある親をみるため家を空けられない。デイサービスを週3日しか使えず、仕事に制約がかかって年収200万円という水準から脱せなくなっている。


介護施設を利用するには本人の介護度が基準となるため、介護度が低ければ施設を利用しにくくなり、それでは家族が働けなくなることもある。介護も保育園のように、家族が働いていれば介護施設を使えるようにするなど、抜本的な制度改革の必要性が目の前に迫っている。

政治家は、分かりやすい給付型の「ばら撒き」をしたがる傾向があるが、児童手当の拡充は「ばら撒き」の域を超えないのではないか。もはや、わずかばかりの児童手当などでは解決できない少子化のフェーズに入っている。


日本は不況を理由に非正社員を増やすことで利益を確保するという、人を大切にしない企業文化を作ってしまい、それが社会全体に及んでいる。雇用の分断が社会を分断する。これが少子化をはじめ、日本が沈みゆく一番の原因だ。

「異次元の少子化対策」をきっかけに政治に目を向け、他者に関心を持つことからはじめなければ、少子化が止まることはないだろう。