色々忙しく 久々の更新 しっかりがんばらねば…
ここからは娘におこった事をまとめようと思う 避難したばかりの時記者さんが取材に来たので クラスの子どもたちからいただいたお手紙と折り紙を見せた
「これが現実なのか…」としばしうなだれている姿 「私も娘さんと同じ年頃の子どもがいます これは… キツイわ…」という言葉が今でも心に残っています
震災当時 娘は6歳 保育所の年長だった 大きな揺れがおきたとき 真っ先に娘の怯える顔が目に浮かびいてもたってもいられなかった
父に頼み迎えに行ってもらったときは 涙が出るほど親の存在がありがたかった…
娘と会えたのは夜 暗闇の中胃が痛くなるほど心配であわててドアを開けたら 青白い顔をした娘が横になっていた
「大丈夫だった?」と声をかけると 私の顔を見た途端 涙…
沿岸部の子どもたちの辛い表情を見ると この時の娘の涙をいつも思い出す
不安で不安で 余震も夜中じゅう絶え間なくやってきて… あの子たちは津波に襲われているから この数万倍の恐怖を体験しているのだ 想像しただけで辛い
父は「なんだー さっきまで泣いてなかったのに お母ちゃんの顔見た途端涙かー!笑」
我慢していたのだろう 「ごめんね」と何度も謝った
「おおきな地震のとき どうしてたの?」と聞くと おやつの片づけをしていたらしい
「かたづけるかかりだったから がんばっておてつだいをしていたら いやな音と大きなじしんがきた みんな ないてたんだよ わたしはなかなかった!」
よく聞いてみると 揺れがおさまる様子がなかったので 揺れる中 先生方の車を園庭に移動させ そこに子どもを振り分けて避難していたらしい
「わたしはみほせんせいの車で ゆれると「出発しまーす」って電車ごっこをしていたの」
長い揺れで車も左右に上下に揺れた だから怖がらせないように電車ごっこをしてやり過ごしていたとは… さすがプロ 先生方に感謝した
そんなこんなでギリギリまでいつ入学式をするのかわからず 原発の状況も最悪の状況で…
見通しが立たない不安なまま小学校生活をスタートさせた