目には見えない何か


ギターを介して過ごした

A氏との時間。


最初は

ピーーンと張りつめた緊張の糸が

目に見えるようでした。

ガチガチに固まったわたしを

リラックスさせるため

A氏は自分のことを

〝先生だと

思わなくていい

友達だと思って

リラックスしてほしい〟と

言いました。


ずい分歳の離れた

友達だと思いましたが

その一言で

緊張の糸が一気に緩み

無邪気に楽しめる時間に

変わったことは確かです。


楽しめた理由は

他にも

いくつかありました。


わたし達は普段

芸能と医療という

全く別の世界に

身を置いていました。

そのため

物事を観る視点が

ことごとく違っていて

彼の物の見方は

とても新鮮であり

面白くもあり

勉強にもなりました。


またわたし達には

18歳の年齢差がありました。

文化にも価値観にも

18年分の

隔たりがありました。

時には練習を忘れて

世代間ギャップについて

議論を交わしたことも。


色々が

カルチャーショックでした。

わたしより

両親の歳に近いのですから

当然と言えば当然ですが。


また、彼は

滋賀生まれの大阪育ち

わたしは

東京生まれの東京育ち。

習慣の違いや

社会通念の違いに

とても興味を惹かれました。


わたし達は

患者と主治医という関係では

ありません。

しかし

言葉にせずとも

わたしは彼に

元気になってもらいたいと

心から願っていたし

彼もまた

そんなわたしの気持ちを

理解していました。


教える、教わるという

師弟関係を超えた

本人達だけが感じることのできる

もう一つの時間が

そこには流れていました。


ギターが上達するに連れて

年齢も

生まれ育った環境も

身を置く世界も異なる

二人の間に

何かしらの

情緒的な絆が育まれたように

わたしには思えました。