「今行くから」


BSから流れる声に

脳細胞を揺り動かされたその日。

わたしは

ここ何年も触らなかった

A氏の連絡先を

ポチッとしていました。


〝Aさん〟

090 〇〇〇〇 〇〇〇〇

ポチッ・・・


呼び出し音が鳴った瞬間

初めて電話をかけた

10年前の緊張感が

急に甦りました。


我に返ったわたしは

「お願い、留守電になって!」と

心の中で叫びました。


そんなわたしの想いを断ち切るかのように

「もしもし、helloなの?」という

ちょっと驚いた

でも聞き慣れた声が

鼓膜を叩きました。


〝冷静に冷静に〟

自分に言い聞かせました。


でもダメでした。


彼の声を聞いた途端

心が波立ち

自分でも信じられないほど

涙がポロポロ流れました。


色々話したいのに

彼の体調も確かめたいのに

何も言えずに

ただ泣くばかりのわたし。


二ヶ月の間封印されていた

悲しみの感情が

堰を切ったように

身体から溢れ出しました。


取り乱した自分の泣き声の間から

「どうした?・・・大丈夫か?」

「・・・今行くから待ってろ」

という彼の声が

途切れ途切れに

繰り返し聞こえました。


しばらく泣きじゃくっていると

「メール送るから読んで」という

静かな声が聞こえてきて

そこで電話は切れました。


久しぶりに開くA氏のメールでした。

そこには

わたしの異変を心配する言葉と

かつてギターを練習していた

スタジオの名前がありました。


そう言えば電話で

「今行く」って

言っていたような、、、。


その日の夕方

懐かしいスタジオの前で

私たちは再会しました。


髪と髭が真っ白な75歳と

眼を真っ赤に泣き腫らした57歳。

その場に甚だ不釣り合いな二人の

10年ぶりの再会でした。


今から6年前のことです。