オックスフォードのボタンダウン


3ヶ月の休養の効果なのか

電話での他愛無い会話が

功を奏したのかは

わかりませんが

ポツリポツリと

音楽の話題が

出てくるようになったA氏。


このタイミングで

わたしは彼と

直接話そうと考えました。


そこで

次の電話の時に

それとなく水を向けてみると

満更でもなさそうだったので

わたし達は

3ヶ月前に待ち合わせた

黒いカフェエプロンの

ギャルソンがいる

カフェレストランで

会う約束をしました。


約束の午後2時。

わたしが店に着くと

3ヶ月前と同じ席

同じ観葉植物に護られて

彼は座っていました。


わたし達はこれまで

3度待ち合わせをしましたが

3度とも

彼は先に来て待っていました。

もちろんわたしが

遅れた訳ではありません。


電話もしかり。

毎回同じ時間に

かかってきていました。

几帳面な性格なのでしょう。


その几帳面さが

彼を追い詰めたのかも

しれません。


何はともあれわたし達は

笑顔の再会を

果たすことができました。

一先ずホッとしました。


実際に姿を見るまでは

とても心配でしたが

それも取り越し苦労でした。


髭はサッパリと剃られ

オックスフォード地の

ボタンダウンシャツに

身を包んだ彼の声は

柔らかく

湿り気を帯びていました。


嬉しかった。


いつもの電話のように

他愛のない話をしながら

少しずつ音楽の話題を

織り交ぜてみました。


高校生の長男が

軽音学部に入ったことを口実に

バンドの話題にも

触れてみました。


彼は黙って聞いていました。

「さすがにバンドの話は

早すぎたか」と

わたしが後悔しかけた時

「どんなジャンルをやってるの?」

という質問が

返ってきました。


わたしは密かに

胸を撫で下ろし

「ロックです」と答えました。


長男を含め

メンバーがみんな初心者で

右も左もわからないこと

ベースを弾ける人がいなくて

困っているらしいことなどを

笑いを交えながら

少しずつ話しました。


すると彼の口から

思いがけない言葉が

飛び出したのです。


「僕でよければ

息子さんにベース教えますよ」


一瞬言葉を失いましたが

そのような感情が

沸き起こったことは

とても良い兆候であることに

間違いはありませんでした。