一度見たんですが、もう一度見たくって見た映画「バスキア」。
ニューヨークのアーティスト、ジャン=ミッシェル=バスキアを描いた映画です。
彼の絵画は一見落書きにしか見えません。
今見ても、私には落書きにしか見えないんです。
でも、なんだか気になる。
「芸術」とは全く思わないんだけど、
なんか心の叫び的なものを感じます。
アートなんて所詮水ものです。
名のある人が「これは素晴らしい!」って一言言えば、
翌日に評価された人はスターになってる訳です。
だって、その絵は何億の価値を持つものにもなれば
ただの紙切れ、ゴミになる可能性もあるわけです。
それは誰が決めるものでもない。
「市場価値」というあやふやな価値観の中で
値段が決められるわけです。
映画の冒頭でのナレーションがそれを物語っています。
ゴッホの絵は、彼の生前たった1枚しか売れなかった。
それが死後何十年も経ってから、とてつもない価値を持ちだした、と。
バスキアは貧乏なアーティストを目指す青年でした。
それがひょんな事から、アート界で力を持つ人物に見いだされ、
アンディ・ウォーホルを交流を持つようになり、
みるみるうちにスターへと上り詰めて行きます。
周りにいる人間も変わり始め、人が信じられなくなり、
天真爛漫な所がなくなって、全てに疑心暗鬼になっていきます。
そして人種の問題。
アート界を牛耳っているのは白人達。
その中で彼は黒人という立場で、肩身の狭い思いを
多少なりともしていたと思います
そして、唯一心を許せたアンディーウォーホルの死。
追い打ちを掛けるように、
売れ始めた頃から続けていたドラッグが
完全に彼の身体と精神を蝕んで行きます。
アートで名をあげる、という夢を実現しながらも
幸せになれずに夢破れた青年の物語です。
世間の評価って、いつの時代も儚い。
ある時は持ち上げ、ある時は過剰なまでにこき下ろし。。。
スポットライトが当たる世界は、
それを覚悟しなきゃ生きて行けない世界なんだと思います。
そういうバックグラウンドが垣間見えるから、
落書きにしか見えない彼の絵が好きなのかもしれません。
彼の絵にシンボルとして良く描かれている「王冠」。
なんか、色々な意味が含まれている気がして、
ちょっと悲しく、切なくなります。。。
ニューヨークのアーティスト、ジャン=ミッシェル=バスキアを描いた映画です。
彼の絵画は一見落書きにしか見えません。
今見ても、私には落書きにしか見えないんです。
でも、なんだか気になる。
「芸術」とは全く思わないんだけど、
なんか心の叫び的なものを感じます。
アートなんて所詮水ものです。
名のある人が「これは素晴らしい!」って一言言えば、
翌日に評価された人はスターになってる訳です。
だって、その絵は何億の価値を持つものにもなれば
ただの紙切れ、ゴミになる可能性もあるわけです。
それは誰が決めるものでもない。
「市場価値」というあやふやな価値観の中で
値段が決められるわけです。
映画の冒頭でのナレーションがそれを物語っています。
ゴッホの絵は、彼の生前たった1枚しか売れなかった。
それが死後何十年も経ってから、とてつもない価値を持ちだした、と。
バスキアは貧乏なアーティストを目指す青年でした。
それがひょんな事から、アート界で力を持つ人物に見いだされ、
アンディ・ウォーホルを交流を持つようになり、
みるみるうちにスターへと上り詰めて行きます。
周りにいる人間も変わり始め、人が信じられなくなり、
天真爛漫な所がなくなって、全てに疑心暗鬼になっていきます。
そして人種の問題。
アート界を牛耳っているのは白人達。
その中で彼は黒人という立場で、肩身の狭い思いを
多少なりともしていたと思います
そして、唯一心を許せたアンディーウォーホルの死。
追い打ちを掛けるように、
売れ始めた頃から続けていたドラッグが
完全に彼の身体と精神を蝕んで行きます。
アートで名をあげる、という夢を実現しながらも
幸せになれずに夢破れた青年の物語です。
世間の評価って、いつの時代も儚い。
ある時は持ち上げ、ある時は過剰なまでにこき下ろし。。。
スポットライトが当たる世界は、
それを覚悟しなきゃ生きて行けない世界なんだと思います。
そういうバックグラウンドが垣間見えるから、
落書きにしか見えない彼の絵が好きなのかもしれません。
彼の絵にシンボルとして良く描かれている「王冠」。
なんか、色々な意味が含まれている気がして、
ちょっと悲しく、切なくなります。。。