この目にも
口もとにも
はっきりと見える
あたしという
人間が
昔々
お母さんの本棚から
盗み読みしていた漫画からの一節。
小さい頃。
母が出掛けると
エレクトーンから
本棚へと椅子を抱え
それを梯子に、母の本を出し読んでいた。
本の中には
まだ手に届きそうにない
憧れが詰まっていて
日だまりのような
光りのような
日なたくさい匂いが
本の匂いと一緒に
押し寄せてきた。
『大人』になれば
訪れる全てが
私には珍しかった。
そこから
理想の自分を作っては
酔いしれていた
スパイにもなったし
お姫様にもなった
考古学者にもなったし
作家や舞台女優
探偵、新聞記者
旅人にもなった
色んな人種にもなったし
どこでも住んだ
勿論
わからないものも
沢山あったけれど
そんなものは
すっ飛ばして
わからないのに
わかったふりをしていた
それすら
なんだかカッコイイ
と思っていた
冷たい椅子に
足を投げだし
みつからないように
と願いながら
春なら鈍い光り
夏なら蝉の声
秋なら毛布を持ち込み
冬ならこたつの中で
世界に没頭した。
見つかれば
もっと、子供らしい本を読みなさい。
と怒られたけれど
それでも懲りずに
読んでいた。
母は
読んだ本を
古本屋さんに売ったり
図書館に寄附したりしていたから
目に焼き付けなきゃ
と沢山の世界を含んでみた
母が亡くなって
引越しが決まり
私はそれなりに
大きくなった。
もう
こっそり読むことはない
背伸びして
全ての世界を
受け止めることもない
無限の可能性は
光り輝いていたのは
温かいものは
こっそり開いた
あの日
自分に見える。
フクフクしていたものから遠ざかり
少しの風で
立ち尽くしてばかりだ
ダンボールから出した
黄ばんだ本を
少しずつ本棚へ入れていく
新しい家の
母の本棚には
一生読みそうにない
小難しい本は捨てられ
漫画と小説。
そのうち読みそうな本が入っている。
もう
エレクトーンの椅子は必要ない。
西日の差し込む
小さな部屋で
ボロボロになった本棚を
眺めてみる。
寄りかかると
少し危ない
そんな本棚。
同じ年月だけ
ある外身に
ここにある本達は
私の一部みたいね
そう言ってみた
瞬間
光りの加減か
古い本達が
優しく見えた。
これから
どんな本が増えるのだろう。
そうっと
持ち主の代わった
本棚に話しかけてみる
勿論答えはないけれど
大切にして下さい
と言った気がした。
可能性なんか
幸せなんか
いくらでも拾い集めて。
僕が覚えていますから。
