「口だけじゃないんだジョーの巻き」
前回、機械修理屋さんとのアニメ話をブログにアップしたところ、
「いやいや、個性なら眉ですから」
と知り合いの自転車屋さんから言われた。
「そうだろうか?」
そんな半信半疑の僕に、
「描いてみればわかるよ」と自転車屋さんにアドバイスされた。
自転車屋さんのように
ママチャリからロードレーサーのような競技用自転車を扱う器用なひとが
そう言うなら、そうかもしれない。
そこで自宅に帰って描いてみた。
筋肉マンのそれが眉であるかは別にして、
なるほど、そうかもしれないと思った。
ただ、そんな風に評価したら、今度は「いやいや鼻だよ」とか
「とんでもはっぷん、アトムや009を見てよ。髪形しかないだろ」とか
切りがなくなりそうだ。
ロボットのそれが人間に当てはめられるかの議論は置いておいて
とりあえず、どれも(もちろん少女マンガも含め)
素敵なマンガは、どれも個性的なのだと思う。
(上から)
星飛雄馬。両津さん。キン肉マンでした。
ありきたりな結論で、すいません。
「マンガキャラは口ほどに物をいう? の巻き」
馴染みの機械修理屋さんとお酒を飲んでいて
子供の頃見たアニメの話になった。
過去に好きだったアニメを指より数えてみたら、
修理屋さんに「君の嗜好は口なんだね」と指摘された。
始めは何のことだかわからなかったが、
どうやら登場する主人公のことらしい。
漫画家にはそれぞれ絵に個性というものがある。
修理屋さんに言わせると、
僕のあげた好きなマンガキャラはすべて口に個性があるという。
なるほど、修理屋さんのようにきっちりラダーを追って
故障原因を突き止めるようなひとがそう言うなら、そうに違いない。
少女マンガの場合は、目ばかりがクローズアップされていて
僕にはどれもすべて同じように見えてしまう。
それというのも修理屋さんが言うように、僕が
目というものにあまり興味がないせいかもしれない。
さて、描いているキャラ、わかりますか?
ただ、個性的であっても、口と呼べるのかどうか
ということがありますがね。
(上から)
あられちゃん。キン肉マン、バカボンのパパ。
マジンガーZでした。
「だじゃれの正しい使い方」
会話の中で、自然とだじゃれが出てしまうのは
昭和な世代だからだろうか?
ねづっちの「ととのいました」ネタが浅草あたりで受け
一時期、テレビ番組でもて囃されたのも、
昭和なひとたちの圧倒的な支持があったからなのか。
まぁ、ねづっちのレベルまでになると、
一つのお題に2、3つも語呂を合わせて答えるから
もはやオヤジギャグの域は越えている。
最近、巷ではオヤジギャグの「ダサさ」で受けを狙う
そんな悲しい風潮になってしまった。
それはそれで致し方ないことなんだろうと思う。
元々、話の落ちとして使うには、あまりに軽い。
「車が北から来た~」
とか、精一杯、織田裕二さんのように叫んでも
「だから・・・」となる。
それで、車から北野たけしが降りてきたりしたら
少しは落ちらしくなるかもしれないけれど。
実をいうと、こういうボクもだじゃれが大好きな人間だ。
だじゃれを使うときは、当然、つまらない落ちで
みんなを笑わせるという自虐的ボケに使う。
ボクのように隠れて表立たず、ボケとして使う昭和な人間を
ひと昔のお笑い番組タイトル「ボキャブラ天国」と合せて
“ボケてらー”とボクは呼んでいる。
当然、ねづっちや、自分の芸名に一味付け加えたお笑い界の巨匠は、
ここに分類されません。
「しょうゆうこと」


