「夜間飛行」
今でもたまに空を飛ぶ夢を見る。
中学1年から2年にかけてのおよそ2年間、
3年目にしてようやく友だちができるまで、ほぼ毎日、
僕は登下校で飛行機の操縦かんを握った。
家と学校とを結ぶ約20分間のフライト。
ただし 実際に空を飛ぶわけではない。
通学路を歩くという、当たり前の日常の中で、
僕はパイロットになったつもりでいた。
自分の身体を飛行機に見立て、足元の路面を地上にする。
小石は建物になり、水溜まりは湖、雑草は森林になった。
歩きながら右手を前に出して操縦かんを握り、
左に操縦かんを倒せば、顔を左に傾け、左方向に進む。
当時何事にも感化されやすく、夢見がちだった僕は、
リンドバーグのテレビドキュメンタリー番組を見てからというもの、
空を飛ぶことに憧れた。いや、リンドバーグというヒーローに憧れたのだ。
当然、そんな風に下ばかりを見て歩いていれば、
かなり風変わりな生徒に見られた。
もちろん親しい友だちもできない。
途中、すれ違う人とのニアミスは何度もあったし、
車の運転手から「どこ見てんだ」と怒鳴られもした。
何が楽しくて続けていたのだろう。
小学生の頃は石蹴りだったし、思えばずいぶん一人ぼっちだった。
万事要領の悪い僕は、大人になっても本質は変わっていないのかもしれない。
山積した書類に手間取り、残業で遅くなった帰り道。
今さらそんなことを思い出して、苦笑い。
故郷とは違い、都会の夜空には星は見えない。
駅からアパートの自宅までは、学校から実家までの距離と変わらないはずだ。
でも、あの頃はわずかに思えた距離が、今はとても長く感じられた。
「引っ越し先を決めなければ」
と、思わず、ひとり言。
暗くなった住宅地の一角、立ち退きを迫れたアパート一階の角部屋に、
ポッンと明りが灯っていた。
そういえば・・・。
携帯に送られた5歳になる娘からのメールを開く。
(こんど、空をとぶときは、わたしものせて)
みんなのヒーローになることはできないが、
だれかのためのヒーローになることはできるかもしれない。
そうして僕は、操縦かんを引き、ちょっぴり機首を上げた。
