「子供の運動会で後悔しない方法を教えます」
運動会で父が走ると、みんなが笑うので、
とても恥ずかしかった。
「どうして、まさる君のおとうさんみたいに、かっこよくないんだろう」
そう思った。
太っちょで、短足。走るとお腹が出て、カッコ悪い。
おまけに、父はいつもビリだった。
あれから40年の月日が流れても、父の走る姿を鮮明に思い出せるのも、
そんな恥ずかしさせいなのかもしれない。
トラックの長距離運転手だった父は、繁忙期には休みがない。
日曜祝日関係なしに2、3日家を留守にすることも多かったが、
運動会には必ず顔を見せた。
年長組になった息子が、「運動会に来るの?」と僕に聞く。
思えばあの頃の僕と同じくらいの年回りだ。
「ああ」と僕は曖昧に答えた。日曜とはいえ、営業に休みはない。
そんな僕の生返事に息子は「はぁあ」と大きく息を吐き出した。
とうとうため息まで覚えさせてしまったかと思う。
すかさず妻が「パパは忙しいの」と息子を諭した。
最近の営業不振を汲み取っての言葉に違いない。やるせなかった。
「一生懸命やれ。そうすれば必ずいいことがある」
というのが、父の運動会での口癖だった。
僕も親父似で、走るのがめっぽう遅かったからだ。
今、本気で走ったらどうなるだろうか?
運動会に行かない方がむしろ息子のためかもしれない。
一生懸命か・・・
「何か?」妻が夕飯の膳を片付けながら聞いた。
「いや、何でも」と言葉を濁す。
一生懸命に生きた父は、癌で見るかげもなく痩せ細り、病院のベッドで生涯を終えた。
少しは報われたのだろうか?
そんな風に妻に聞きたかった。
記憶にある父との最後の運動会は、ゴールまで走れば一番が間違えなかった。
先頭のランナーが転んで、父の先を走る三人みんなが巻き添えを食ったからだ。
ところが父は走るのを止めた。
立ち上がれない見知らぬお父さんを抱き起こして、そのままゴールしたのだ。
またもビリケツ。
「会社お休みできるの?」
息子が寝静まった後で、運動会に参加することを妻に告げた。
営業の途中で保育所に立ち寄ればいい。
長くはいられないが、お昼後の2時間くらいは何とかなる。
「50メール走に参加するって、無理しなくていいのに」
と妻は気づかった。
明るい表情なのは、やはり妻も来てほしいのだ。
「大丈夫。ヤバくなったら歩くよ」と笑って答えた。
五年前の通夜、訪れた父の同僚が僕を見て懐かしんだことがある。
一度も面識はなかった。
「きみがトシ坊か。お父さんが運動会前になると、
飽きもせず、駐車場をぐるぐる走っていたのを思い出すよ」
と言った。
ゴールをしても鳴り止まない拍手。僕はそれが誇らしかった。
それから運動会までの一週間、僕はトレーニングを開始した。
営業先に出向く時に、公園があれば軽いランニングをした。
まわりの人からすれば、きっと遅刻しそうなサラリーマンに見えたに違いない。
「一生懸命って、恥ずかしいよね」
空に向かって、僕はそんな風につぶやく。
さぁ、家まで走って帰るか、
父が見せた最高のビリケツのゴールを目指して。
