螺旋 vol.2-2 おかえりカヲルくん



勿論体育館の下には地下なんかないし、落とし穴に引っかかった訳でもない。
説明するならば、今いる場所と違う異空間に転送された、と言うしかない。
何しろ相手が科学的に証明できない相手なんだぞ。その相手が作り出した世界を説明しろなんて無茶すぎるだろう。
どさりと尻から落ちた俺は、どうにか動く体を起こして状況を把握する。


「うわ、これは、すごいな」

空は雷鳴。風景は天地入り乱れている。まさにこの世の終わりを見ているかのよう。

「や、カヲルくん。君もちゃんとメルヘン入りしたんだね」

その声に振り返ると、丁度今、天から落ちてきた・・・俺達が言う『メルヘン入り』してきた青年がいた。青年は痛みのない茶髪をさらりとなびかせ、爽やかに笑ってみせた。

「か、カノン部長!来てたんですか」
「うん。美沙ちんに言われてね」
一人かと思っていた・・・。ほっとしたのか、俺にもやっと笑顔が戻る。




ユルサナイ




声がまた。カノン部長も俺も後ろを振り返る。唸る雷鳴と共に現れたのは、巨大な影の塊だった。

闇が蠢いているそのフォルムを見て、思わずたじろいでしまう。しかし部長はにこにこしながら時計を見ていた。

「カヲルくんは久し振りだからちょっとびっくりしてるみたいだけど・・・高等部はこういう悪霊がいっぱいだからね。見慣れておくといいよ」
そう言うと、腕時計についている小さなボタンを押す。すると多少ノイズがするものの、人の声が聞こえてきた。

かん高い女の声。この声を俺は知っている。


「エミリア部長!ちゃんとメルヘン入りできましたか!?」
「はいはい、大丈夫だよぅ。まったく、美沙ちんは心配症なんだから」
「うっさい!てか、美沙ちんはやめてください」
そういえば、この時計は通信機も内蔵されていたんだった。今時計の向こうで喋っているこの気性の荒い女性こそ、その発明者。


「ユルサナイユルサナイユルサナイ・・・アタシハ、ユルサナイ!!」


闇の太い腕が大きく振りかぶって俺達に向かってくる。必死に走って左右に避けると、闇は狙いを部長に絞ったのか、彼を叩き潰そうと執拗に追う。
「左目を狙ってください。弓道部だった彼女が大事にしていたもののひとつです」
「はいはーい。僕におまかせあれ☆」
軽い感じで返事をする。巨人に追いかけられているというのに、なんて余裕なんだ、部長。
連続したパンチを軽々避けると、逃げるのを止め懐から銃を取り出す。闇色をした銃はカノン部長の武器だ。

弾は本物ではなく、一般に霊力と呼ばれる不思議な力を込めて使用する。
避けられ、地面にめり込んでしまった己の腕を引き抜こうと闇が奮闘する中、部長は銃を構えて狙いを定める。

「左目、ね」

鶯色の瞳がふっと真剣な色に変わる。トリガーを引くと、ぱんっと衝動が響く。放たれた弾丸は部長の眼と同じ色に輝いて、見事左目を貫いた。
「アァァアァァアッッ!!!」
霊に痛みがあるのかどうかは定かではないが、目の前の悪霊は奇声をあげて暴れる。
撃たれた左目からどす黒い闇が噴き出す。あれは悪そのもの。浮遊している霊にとり憑いて悪霊へと変貌させる。
それを撃ち抜いたことで、悪と霊を分離させることができる。
つまりは、

「今だよ、カヲルくん」




俺の十字架が相手に届く。




「魂の旋律を聴きな」
胸のペンダントを握る。ずっと熱を帯びていた十字架は沸々と光を灯していく。
噴き出した『悪』と、残った『霊』が共鳴して泣いている。とても悲しい声で。
もうずっと、こんな音を聴いている。泣かないでほしい。どうか安らかに眠ってほしい。

「アアアアアタシハ、アアタシハ、イキテ」
「・・・うん、わかってる。もう、眠ろう?」

十字架の先端を霊に向ける。溢れ出す光が一筋に伸びて、悪に染まった体を鋭く貫いた。
聖なる光は悪に染まった霊を清め、やがてその中に潜む悲しみを癒していく。
世界の終わりにも似た世界は、やがて白い光でいっぱいになった――――。
「もう、そんな悲しい音は立てるなよ」



***



眼を開けると入学式と変わりのない体育館にいた。丁度退場らしく、俺以外みんな席を立っている。
「カヲル、早く立てよ!」
辺利にせかされて慌てて立ち上がった。辺りを見回すと、どこも壊れているところはないし、あの寒さももう感じられない。
どうやらちゃんと浄化できたようだ。
「なにぼーっとしてんだ!さっさと歩けカヲル!」
「わかってるって!」
背中を押されて歩き出す。ふと上を見上げると、二階席に部長がひらひらと手を振りながらこちらを見ていた。


「おかえり、カヲルくん」
そう、穏やかに言いながら。



to be continue...