胸元の十字架がほのかに熱を帯びる。
それは俺が此処にいる理由のひとつだ。



螺旋 vol. 2-1 おかえりカヲルくん



なんなんだ、この感じ――――?
気温を無視したような寒さ。纏わりつく、ねばついた空気。
辺りを見回しても他の生徒がそれに気づいた様子は無い。恐らく俺だけがこの異変を感じ取っている。
まさか、まさかこんな日に限ってあいつ等が来るなんて。笑い飛ばしてしまいたかった。だけど長年感じ続けてきた異変を間違えるはずがない。
「・・・どうにか、入学式くらいは無事に済んでほしいんだけどな」
俺の呟きは、盛大な入学式の入場曲によってかき消された。



校長の長い祝辞やら教育委員会のお小言やらがひたすら続く。どうしてこういうお堅い行事の、お偉いさん方の話は長いんだろう。雰囲気に合わせてるからっていっても、無駄に長くする意味はないと俺は思う。
―――それがこの学園の創立の理念でして。
学園の創立の話なんてどうでもいい。それより早く解放してくれ。どうにも背中が寒くて仕方がない。


「なんか、寒くない?」
後ろの席に座っていたクラスメイトが小さな声で呟く。ちらりとそちらへ視線を向ける。その子は顔を酷く青ざめさせていて、今にも倒れそうな感じだった。こういう人間はよくいる。俺達の年代では、特に。青年期は神経が研ぎ澄まされ、『不思議な』ものの存在をキャッチできるのだ。
それがたとえ俺達のような特殊な人間でなくとも、霊気に当てられ感じ取る―――だから学校の怪談なんてものができるのも、ある意味では自然なことなのだ。
俺は小さな声で、クラスメイトにアドバイスする。

「深呼吸してみるといい。少しは気分がよくなるはずだから」
クラスメイトは頷くと、深く呼吸をした。顔色はあまり変わらないが、それでも少し気分がよくなったらしく、ふっと微笑んだ。
長々と続く入学式。生徒代表の話がやっと終わる頃には、式場にいる大部分の人が異常な寒さに気づいていた。ざわつく式場。教師達も流石に異常な事態に焦りを隠せないようだ。動揺は新入生達にも感染し、ざわめきが更に酷くなる。

「おい、カヲル。寒いしなんか変な感じがするし、おかしいと思わないか?」
辺利がどさくさにまぎれて俺の席の近くまでこっそりと現れる。
「あぁ・・・」
胸元のペンダントを握りしめる。この十字架のペンダントは、俺のじいちゃんの形見だ。それがほのかに熱を帯びている――――。
「・・・では、新入生の退場です」
しばらくして教頭の声が響いた。ざわめきは未だ止まないが、それでもパチパチと拍手の音が少量聴こえた。
やっと終わる。そう思いながら、冷汗をかいた椅子から立つ。ガタリ。その時だった。




ユ   ルサ    ナ      イ




「!!」


しなやかで恐ろしい声が響くと同時、ひゅっと音を立てて蛍光灯が消えた。カーテンは開いているはずなのに体育館は真っ暗闇に包まれ、辺りの様子がわからなくなった。
近くにいた辺利の姿さえ見えない。風の音も、うるさかったざわめきも、瞬時に消えた。
あるのは季節関係無しの寒さと『いつもの』違和感。この世のものではないものの存在感だ。

「―――メルヘン」

悟って呟くと、それに呼応するかの如く足元が無くなり、闇の下に落とされた。


to be continue...