もうすぐ母の命日です
あっという間だなー…
昨日のことみたいだ
亡くなる時のことを書いています
読んで辛くなる人がいるかもしれない
詳しく書いているので読まないでね
私は母を介護してる時、他の介護の話を読むことが出来ませんでした
亡くなる前日、
見た目の状態は落ち着いてるけど、経験から意識があるのは今日のうちだと思う、だからきた方がいいと病院から連絡がありました
すごく親身になってくれる看護婦さんからでした
病院に着いたときは目は開いてるけど虚で、午前中に連絡した親族達もきてくれました
でも結構はっきりとしてて、おじさんは
まだまだ大丈夫!と私を元気付けてくれ、私もその時はそう思ったんだよね
でも午後から意識がない…というか目を開かなくなりました
あと呼吸に変化が
看取りをした人のブログで「亡くなる前には呼吸に変化が出る」と言うことが書いてあり、慌てた看護婦さんを呼んでしまいました
振り返ってみて、やっぱり亡くなる前の呼吸の変化は本当だと思います
どう変化したか覚えてないんだけど、明らかに今までと違ってて、本当に死に向かっているんだな…と妙に冷静になりました
時々悲しみが凌駕して、母の死というものを静かに観察している、という心境に陥っていました
病院に泊まり込むことになった父と交代する夜8時までわたしは病院にいました
危篤の知らせで主人は早退してくれ子供のケア、夜中は父担当、日中は私が母を見ることができました
こんなに大変な我が家だけど、分担して母のことを優先できたのは本当にありがたい限りです
でも本当はわたしがずっと一緒にいたかった
その瞬間を見届けて声をかけてあげたかった
亡くなる直前に両腕を立て続けに骨折してしまい、固定されていて手を握ることが出来ませんでした
体位交換だけで折れるほど脆くなってたんだよね
そこまで頑張らせてしまってたことは今でも後悔しています
時間が来て帰宅しなくちゃいけなくなって
その瞬間に一緒にいられなくてごめんね
子供達をちゃんと育ててそっちにいく時に迎えに来てね、ありがとうね大好きだよ
と言いました
その時、母は目にぎゅーっと力を入れてくれたんだよ
「わかった」
と言ってくれたと思っています
また会えると思いたかったけど、翌朝7時17分に天国に行きました
7時に父からもう呼吸が止まりそうだ!と電話があり、間に合いませんでした
その瞬間は父がいてくれました
母の人生のほとんどは闘病だったけど、不便であって不幸ではなかったと本人は言ってました
自分の人生に自信をもってると思うんよね…
一番自分の死に納得してる気がします
母が教えてくれようとしてくれて突っぱねた色々を後悔しています
あの喧嘩してギャーギャー言いつつ楽しい母との日々はずっと続くと信じて疑わなかったよ
わたしは本当に馬鹿だ
会いたいよーーーーー
思い出に残る五感が匂い、というのが分かる
耳障りだった人工呼吸器のエラー音、あんなにめちゃくちゃ聞いてたのにまったく思い出せない
入浴が全く出来なくなったけど清拭で清潔にして頂いて、臭くはない体臭と消毒の混ざった不思議な匂いを思い出すよ
入院した5年間が濃厚過ぎて元気だった母を思い出せないよ
それが辛い
思い出すなら元気な母を、母らしい母を思い出したい
あーーーー!!!!
育児がつ、ら、い!!!!
今朝も癇癪で絡まれた
でも子供達をちゃんと育てて人生を全うすると母と約束したから、その約束を守らなくちゃいけないのです
どえらい約束だよ!!!
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