病院に行く高速バスの中なう
対応に納得できず、また病院に噛み付きました。
ここにきて母が骨折してしまった。
右についで、左も。
右の時点で説明を受けその時は納得。
しかし日をおかずして右まで骨折。
どういうこと!?
骨が脆くなっているのは充分分かっている。
しかし年末のこともあり、ケアに問題がなかったのか納得できず電話で抗議。
どこまでもクレーマー。
もういいクレーマーで。
だって納得いかない。
年末より抑えめに伝えたつもりだけど、多少感情的になってしまった。
建設的に話し合うのが難しい。
でも年末よりは進歩したよ。
母のお陰で交渉スキルが上がった…のか?
上げたくないよこんな交渉スキル。
どんな最期になるんだろう。
怖い逃げたい。
母はどう思ってるんだろう。
もうこの世への未練はないか、まだ、いきたいとおもってるだろうか。
ここまで延命させてしまった責任に震える。
生きてほしいというエゴを貫いてしまった。
だから最期まで見届ける。
頑張らせてごめんね、でも一緒にいてくれて本当に嬉しかった。
過去に戻れるなら延命は拒否したろうか。
やっぱり生かしてくださいと言ったろうか。
ご両親が元気でバリバリに子育て手伝ってもらっているママ友に、
私なら延命させないと言われて憤慨した過去がある。
私だって、親が元気は時は無理した延命治療なんて大反対だった。
でもそれが現実に迫った時、とてももういいです…といえなかった。
鼻からチューブを通した栄養管理、気管切開、人工呼吸器、一通りやってしまった。
限界までまで頑張らせてごめん…
私が母なら行きたいと思うだろうか
元気な時に話し合うべきだった
何を考えても後悔の波、これから訪れる別れが恐ろしくて震えています
でも頭の中で、死は特別なものではないという養老孟司先生や所ジョージのような考えが浮かんで、妙に冷静な部分がある。
生きている不思議、死んでいく不思議、
鳥も風も人もみんなおなじ、という千と千尋の主題歌が浮かぶよ