今日は、楽しみにしていた、
ミヒャエル・ハネケ「カフカの城」上映会でした。
今年のカンヌでパルムドールを受賞した監督の作品ですが、
こちらの映画は、元々テレビ用に作られたものだそうです。
ストーリー、登場人物のイメージ、描写などなど、限りなくカフカの原作本を忠実に映像化していました。
主人公のKはもちろん、コミカルな役どころである「助手」の2人とペーピーについては、期待を裏切らないキャラクターに思わず笑ってしまった一幕も。
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はっきり言って、原作本を読んでいない人は99%寝る作品ではないかと思います。
この「城」という作品は、主人公である測量士「K」が、とある町に測量の仕事で呼び寄せられたどりつく。
しかし到着しても明確な指示もなく、依頼主にもあえず、たらい回しにされる。
そこでKは依頼主に会うため城を目指すが、一向にたどり着けない。
というのが大まかなストーリーで、
その物語を通じて、仕事も明確でなく、その土地での役割もなく、さらによそ者であるための「疎外感」を感じる作品。
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原作本を読んだ時も、「K」はいいヤツとは思えませんでしたが、頭の固い町の人々に「K」が不当な扱いをうけるような印象を受けたのに対して、
映画を見ると、「K」が城に行くという望みを叶えるために、町の人を利用し、役に立たなかったり、邪魔をされると逆切れしているような「K」の方が違和感を覚えるような存在に感じられました。そして原作本ほど「よそ者」としての苦しみには重要視されていなかった印象でした。今の時代が多少は反映されているのでしょうか。
町の人は「K」に利用しようと思われる地点で、役割が明確になっている。
「K」は測量士で、仕事に呼ばれたとはいえ、仕事にたどりつけず、役割が明確でない。
自分の役割が自分で明確になっていないと、必要でない自分=疎外感を感じてしまう。
しかし、自分の役割って、自分で決められるものでもない。
そして、一生を通して役割も変化する。
一生、疎外感の存在の予感したナオキャンでした。