今日は暑かった汗


まだ6月だし・・・と、

お茶のお稽古に単着物を着ていったのだけど、

結果、汗だくガーン

薄物にすべきでした。


こんな暑い今日のお茶菓子は、

蜂の家の「水牡丹」と、


手作りビックリマークのアールグレイ羊羹ラブラブ!


生涯学習のナオキャン-紅茶羊羹
(もちろん、私が作ったわけではない)


アールグレイの清涼感ある香りと、ひんやりしたみずみずしい食感が夏にぴったりドキドキ

アールグレイティーと、白餡、練乳、寒天などなどでできているそう。


夏です。


これを作ってくれた方は、落雁なんかの打ち菓子も自作されていて、素朴で美味しい。こちらも、すっごくおいしかったです。



今日は茶花も、先生と生徒さんの一人がそれぞれ持参していて、2組もありました。


生涯学習のナオキャン-茶花

松明草、源平釣船草、突き抜きにんとう、縞葦(漢字は自信なし)など。


こちらは、


生涯学習のナオキャン-茶花2

矢車菊、やまぶき、京かのこ、ほたるぶくろなど。



鮮やかな色が、夏っぽくて素敵黄色い花



やはりもう、茶室は盛夏に近づいているのでしょうか。

薄物にすべきでした宇宙人

ちびちび読み進めていた、ガルシア・マルケス「百年の孤独」を今夜ようやく読み終わりました本


百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))/ガブリエル ガルシア=マルケス
¥2,940
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これを読もうと思ったのは、

GWにユーロスペースであった寺山修司映像詩展で、カチンコ「さらば箱舟」を見てのこと。

この映画、不思議というか、常軌を逸している、、、にもかかわらず、何か見たことあるような、分かるような、ありそうな、妙な共感と魅力に引き込まれるんです。


さらば箱舟
¥3,591

原型をほとんど留めていないと言われていますが、

こちらの本がテキストになっているそうです。


映画の後半には、


「百年たったらその意味分かる」


という、象徴的な台詞も登場します。

(もちろん、映画を見てもこの台詞は理解できませんでしたが)



今回、元祖である「百年の孤独」を読んで、その象徴的な台詞は、

死んだジプシーのメルキアデスの亡霊が、


「百年たたないうちは、誰もその意味を知るわけにはいかんのだ」


と言う台詞からなのでしょう。



本書は、主人公(たち)のブエンディア一族が、「マコンド」という村を作り、

その村とともに、繁栄、衰退し、いい時期や悪い時期を繰り返し滅びるまでの百年を描いたもの。

百年間たって、すべてが終わって(本を読み終えて)、やっと、

「なるほど、こういう話だったのかひらめき電球

と感じました。


おそらく、メルキアデスの「百年たたないうちは・・・」の言葉は、こういうことではないのかと思いました。


解説不要というか、読むことありきな本ですね。

何かに、情熱を持って生きたくなる本です。


結局、いなくなったら、いたかどうかもわからない。

なくなったら、あったかどうかも分からない。

今自分が何を感じて、何を記憶しているか。それしかないのでしょうかね。

それがつまりのところ、孤独ということなのかなぁなんて考えてみたり汗



ほんっとに、独特の表現や喩えに溢れていて、本の向こうの世界観に引き込まれる。

名言集を作りたくなるほどに。

中には、もしかしたら、ラテンの人々には当たり前の表現も含まれているかもしれませんが。

たとえば、

「恋の悩みはベッドで解決するしかない」

とか!?キャショック!


それにしても、百年は長かったです。

今日は、楽しみにしていた、

ミヒャエル・ハネケ「カフカの城」上映会でした。


生涯学習のナオキャン-ルビストロ


今年のカンヌでパルムドールを受賞した監督の作品ですが、

こちらの映画は、元々テレビ用に作られたものだそうです。



ストーリー、登場人物のイメージ、描写などなど、限りなくカフカの原作本を忠実に映像化していました。

主人公のKはもちろん、コミカルな役どころである「助手」の2人とペーピーについては、期待を裏切らないキャラクターに思わず笑ってしまった一幕も。


カフカの「城」 [DVD]
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はっきり言って、原作本を読んでいない人は99%寝る作品ではないかと思います。



この「城」という作品は、主人公である測量士「K」が、とある町に測量の仕事で呼び寄せられたどりつく。

しかし到着しても明確な指示もなく、依頼主にもあえず、たらい回しにされる。

そこでKは依頼主に会うため城を目指すが、一向にたどり着けない。



というのが大まかなストーリーで、

その物語を通じて、仕事も明確でなく、その土地での役割もなく、さらによそ者であるための「疎外感」を感じる作品。



城 (新潮文庫)/フランツ カフカ
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原作本を読んだ時も、「K」はいいヤツとは思えませんでしたが、頭の固い町の人々に「K」が不当な扱いをうけるような印象を受けたのに対して、


映画を見ると、「K」が城に行くという望みを叶えるために、町の人を利用し、役に立たなかったり、邪魔をされると逆切れしているような「K」の方が違和感を覚えるような存在に感じられました。そして原作本ほど「よそ者」としての苦しみには重要視されていなかった印象でした。今の時代が多少は反映されているのでしょうか。




町の人は「K」に利用しようと思われる地点で、役割が明確になっている。

「K」は測量士で、仕事に呼ばれたとはいえ、仕事にたどりつけず、役割が明確でない。




自分の役割が自分で明確になっていないと、必要でない自分=疎外感を感じてしまう。

しかし、自分の役割って、自分で決められるものでもない。

そして、一生を通して役割も変化する。


一生、疎外感の存在の予感したナオキャンでした。