すいの好きな遊びにお医者さんごっこがあります。
交互にお医者さんと患者さんをやります。
まずはロビーにいる患者を診察室に呼ぶところから始まるんだけど、すいが医者役で私を呼ぶとき
「島野ママさーん!!」と言います
( ´艸`)
ついでにもうひとつ、私のお固いエピソード。
あれは、多分小学四年のとき。
その日、担任は出張で一日不在だった。
その日、私は日直だった。
担任が出張時は自習。
今になれば、担任がいないときはそりゃ遊んで騒ぐだろ、と思うけど、真面目だった私は、自習ももちろんしっかりやり、騒ぐなんてとんでもない!と思っていた。
日直だった私は、男子がちょっとおしゃべりするだけで
「○○くん、静かにしてください」と注意していた。
(そういうのが日直の仕事だった)
そして、誰に何回注意したかを正の字で計測していた。
そしてそれをあとで担任に報告するのだ。
これはなにも私が陰険だったのではなくて、そういう風にするシステムだったのだ。
そのシステムを私は忠実に実行していただけ。
ある一人の男子が特にうるさく、私は彼に注意しまくり、彼の正の字はどんどん増えていった。
そしてまた彼に「○○くん、静かにしてください」と言った瞬間、彼が「しゃべらせろよ!」と私を睨みつけながら言った。
日直として職務を全うしただけなのに…自習時間は静かにするのが当然なのに…
と思ったけど、口に出すことはできず、私は泣いた。
事態の収集のため誰かが他のクラスの先生を呼びに行った。
その先生に私は泣きながら自らの正統性を訴えた。
私は本当に真面目だった。
子供のときはまぁいっかと考えられなかった。
まぁいっかと考えられない子供時代は何かと窮屈だ。
子供より大人の方が断然いい。
大人になってよかった。
これから窮屈な子供時代を過ごすだろう娘、せめて家ではのびのび過ごさせたい。
だから私はこれからも娘を甘やかします。
まぁいっか!
が、二歳の娘の口癖です。
まぁ、私がいつも言ってるからなんだけど。
二歳でこれじゃあ行く末はグダグダか⁈
私自身は子供の頃はすごく真面目で、その真面目さゆえ、苦しくなることもしばしばあったような気が…。
今でも鮮明に覚えてる、小学二年のある日…
当時、帰りの会は2時45分から始まって、3時にさようなら、という流れだった。
一年生の時の市岡先生はいつもその時間通りだったのだが、二年になって後藤先生になるとその時間が全然守られない。
私はいつもそれがすごくイヤだった。
ちゃんと時間通りに帰りの会をして時間通りに帰りたい。
だって、時間通りに帰らないとお母さんが心配するもん。
と、本気で思っていた。
いつも予定より遅く帰りの会が始まるのだけど、その日は特に遅くて、なかなか帰りの会が始まる気配がない。
真面目な私はすごーくイライラしていた。
時間にルーズな担任、お母さんが心配する…。
イライライライラした私、ついに泣き始めた。
イライラし過ぎて気持ち悪くなったんだ。
そして、母に迎えに来てもらった。
しかも、当時母は車の運転ができなかったから、車の運転ができる他のお母さんに頼んでわざわざ迎えに来てもらった。
母に会えたとき、私は、私の帰りが遅いとお母さんに心配させなくてよかった…と思った。
気持ち悪いって泣いて迎えに来させるほうがよっぽど心配させるのに、帰りの会が遅くなって帰宅が遅くなることで母が心配することの方がイヤだったのだ。
そんなかんじでとにかく真面目でマザコンだった。
でも、今ならわかる、母の性格からして、私の帰宅がちょっと遅れたくらいで心配なんてしないこと…。
娘には私のようなお固い性格にならず、まぁいっか精神で柔軟に日々を過ごしてほしい。