「人より劣っている」
それってなにを基準にして人より劣っていると感じてしまっていたのでしょうか。
周囲の人間と比較する癖がついていたのです。
自分を客観視する為に周囲を見渡してみたりしていたのです。
さらにはそれが数値化して見えてしまいました。
スポーツ、ピアノのコンクール、学内テストなど。
しかもその数字はそのまま評価されてしまったりします。
ならばと、周囲の人間より努力をするのです。
どうすれば自分より少し上の人を越えることが出来るのかと考えていったのです。
それからすべてに1番になっても喜べなかったあなた。
「大人はプロセスを見てくれない」
そう感じてしまったから。
でもそれは、努力しているということを知られたくなくて
自分で隠していたからでもあるのではないでしょうか。
よくある、美人な人に向かって「何か特別をしているのか?」と聞いても
「特に何もしていない。」ということにも似た感じかもしれません。
それでもその努力は分かる人には分かられてしまうのです。
自分の身近で自分と同じことに向かって努力している人には
その努力はバレてしまうのです。
人それぞれ毎日を選択して生きていて
努力をしている人の中でも努力をしている人はいます。
その努力のモチベーションとして目に見える数字が重要だったのかもしれません。
でもいつからか自分の努力に対するモチベーションは数字のみではなくなりました。
自分のことを自分でよく見れるようになったから。
何においても自分に合うものは自分がよく分かるようになったから。
毎回、1番をとる為に必死で努力をしてたまには2番にもなる。
そんな生き方も素晴らしいと思います。
けれども人からの評価を気にし過ぎることなく自分のペースで
ずっと一定の範囲内の順位にいられることの素晴らしさにも気付きました。
ずっとどんなやり方をしていても一定の共感を得られる人になりたいと思うのです。
人の能力に限らず、目に見えるもの、見えないものすべてが
何らかの基準により、数値化され
更にそれは時にランキングとなり評価されます。
さらにその数字に人は期待をします。
いつからか他人にも自分にも期待し過ぎないようになりました。
その期待とは、こうありたい、こうあって欲しいという欲求。
そうすると今まで見えなかったものも見えてくるのです。
順位にこだわり過ぎると見失うことも多いのです。
誰が見ていても見ていなくても
自分がしたいことをしてそれを信じてやり通すことが重要なのです。
そして
今現在、あなたは何を持って1番というのか
分からない環境で生きています。
どんな環境でも自分を見失わないこと。
これだと思うことを自分が信じ貫き通すこと。