短い詩です。
読む人によって 感じ方がかなり変わってくるんじゃないかなぁ~と思う詩ですよね。
先輩が、
『また「雀のかあさん」が思い浮かぶねん。これって私が、知らず知らずの間に悪いことをしてるってことなんかな?』と言うのです。
「 鳴かずにそれ見てた。」と言う言葉が胸に刺さるそうです。
『悪いことをしてきたから、今度はそれをみせられるのかなぁ?』とも思うそう。
助けたいのに助けられない。
口を出したいけど出せない。
ただ見ているしかない。
私は、その後どうなったの?と、この詩の未来の部分が気になります。
子供は子雀を逃がしてやったのか?
捕まえて飼ったの?保護したの?
食べたのかも?![]()
金子みすゞさんの生きていた頃は、大正から昭和初期です。
米を食い荒らす雀は害鳥で、捕まえて食べていたというお話を私の親戚から聞いたことがありました。
焼き鳥屋さんでも、雀の丸焼きとか雀の唐揚げというメニューを見たことがあります。今も食べる人いるんやなぁとビックリしましたよ![]()
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おばちゃん達でワイワイ話していると、雀を食べるか?食べないか?と、だんだん論点がずれていくのですよ
『 きっと食べてるやろ?』と言う人が多いです![]()
食べる話=食欲=煩悩
なんの話しとるね~ん
私達は煩悩だらけやなぁ~と苦笑いしました![]()
この詩では、人の親子は微笑ましくて、雀の親子は緊張感が伝わってきます。
命というものを意図して書かれているのかなぁ?
日常の生活をただ書き留めた文章なのかもしれません。
子供、子供のかあさん、子雀、雀のかあさん。それぞれの立ち位置や物事、時代背景を考えると、いろんな解釈ができるなぁ~と思います。
想像力が膨らむ詩でした。
私は、子雀を逃がして、雀のかあさんはまた子雀と一緒にいられるという 人も雀もハッピーであって欲しいと思います。











