Herb Ellis Biograhy -Ⅲ
<ロスを拠点にスタジオ・ミュージシャンで安定した生活>
1958年にピーターソン・トリオをあとにしたエリスは、エラ・フィッツジェラルドのバックを4年間務めた。しかし、ジャズ・ギタリストとしてツアー三昧に嫌気がさした彼は、63年以降、生活の安定を経済基盤の確かなLAのスタジオ・ワークに置くようになる。そして、ジャズは夜にクラブで演奏するという生活を送っていった。
ただ、60年代後半になると、音楽界は、ロックやソウルが台頭してきた時期。お陰で、スタジオ・シーンはそういったセンスをもったプレイヤーがジャズ奏者に入れ替わるようにしてどんどん進出してきたのである。ご多分に漏れずエリスもセッション・ワークが減少傾向にあった。しかし、70年代に運よく人気番組「スティーヴ・アレン・ショウ」のレギュラー・バンドの一員となり、その縁で多くの歌手のレコーディングに起用されていった。また、69年にはピーターソン・トリオとの再会セッション作『ハロー・ハービー』も発表している。
■TV番組
1958年にピーターソン・トリオをあとにしたエリスは、エラ・フィッツジェラルドのバックを4年間務めた。しかし、ジャズ・ギタリストとしてツアー三昧に嫌気がさした彼は、63年以降、生活の安定を経済基盤の確かなLAのスタジオ・ワークに置くようになる。そして、ジャズは夜にクラブで演奏するという生活を送っていった。
ただ、60年代後半になると、音楽界は、ロックやソウルが台頭してきた時期。お陰で、スタジオ・シーンはそういったセンスをもったプレイヤーがジャズ奏者に入れ替わるようにしてどんどん進出してきたのである。ご多分に漏れずエリスもセッション・ワークが減少傾向にあった。しかし、70年代に運よく人気番組「スティーヴ・アレン・ショウ」のレギュラー・バンドの一員となり、その縁で多くの歌手のレコーディングに起用されていった。また、69年にはピーターソン・トリオとの再会セッション作『ハロー・ハービー』も発表している。
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