精神とは人間の心の事。
更に言うとすれば " 道理 " と
いった言葉が一番近いのかもしれない。
しかしそれは " 身体 " が
存在する時点で教科書や辞書に
書かれたようなものではなくなるのだ。
例えるなら夜に生えた月のように、
それはそれは輝き人々の目を引き
なだめるように、時には妖艶に、
一見すると魅力的なものだろう。
だがいくら 月=夜 という方程式が
出来ていたとしても
月と夜は一体ではなく個々のものだ。
イコールで結ばれたとしても
一生一体になれないしなる必要もない。
精神も同じ。
個々のもので一体になる必要はないのだ。
しかし月と違い精神は
存在すら確かめる事ができない。
辞書を開けばそれなりに健全な綺麗事が
文字になってむず痒く並んでいる。
そう、我々は視覚で確認のできない
不確かなものを何の根拠もなく正当化し、
無駄なしがらみに自由を奪われている。
精神、というだけの言葉なら
人間にあるべきその形を表す
自分なりの解釈があるだろう。
それが " 精神 " という言葉で
合ってるとするならば。
諺や慣用句のように単語と単語を
繋げると別の意味になる言葉は世界にも
日本にも数えきれないほどあるだろう。
精神もその中の一つなのだろうか。
もしあるとするならば
存在するのはいつなのだろう。
存在していたとしても自分の身体が動き
行動して脳が働く間は真の精神ではないだろう。
考え出された、プログラミングされた
独自の世界とエゴ。
脳に焼き付いて剥がれない常識は
精神に沿うのだろうか。
" 精 " という字に " 神 " という字を
くっつけたところで一体何になるのか。
精神があるのは この世に一人、
神様だけなのだ。
【精】名〕活力のもとになるもの。心身の力。また、元気に励むこと。
細かく詳しいこと。
人間以外のものに潜むとされる、たましい。
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