2009年8月30日
その存在すら、知らないで行ったら、大びっくり。
外見は、のどかな牧草地に立つ、何の変哲もない教会ですが、
内部は、絢爛豪華。



日本人が持つヨーロッパヘの憬れを体現したかのような
絢爛豪華さ。まさに、ベルばらの世界。

涙を流すキリスト像。この像をまつるために、造られた建物が
この教会の始まりらしい。WIKIPEDIA によると、
‘1738年、ある農家の夫人がシュタインガーデン修道院の修道士が
彫った「鞭打たれるキリスト」の木像をもらい受けたところ、
6月14日このキリストの像が涙を流したという。教会ではこれを
奇跡とは認定しなかったが、この噂は「ヴィースの涙の奇跡」
として広まり、巡礼者が農家に集まるようになった。
1740年には牧草地の小さな礼拝堂に移したが、巡礼者は
増える一方であった。そこでシュタインガーデン修道院が
先頭に立ち、一般からの浄財を募るなどして建設資金を捻出し、
1746年から建造されたのがこの教会である。’とあるが、
あんな、大きなキリスト像、農家の婦人がどうしてもらったん
だろう?どこに置いてたんだろう?なんて、つっこみたくなる。
この教会の美しさ、この旅、最大の衝撃でした。
その存在すら、知らないで行ったら、大びっくり。
外見は、のどかな牧草地に立つ、何の変哲もない教会ですが、
内部は、絢爛豪華。



日本人が持つヨーロッパヘの憬れを体現したかのような
絢爛豪華さ。まさに、ベルばらの世界。

涙を流すキリスト像。この像をまつるために、造られた建物が
この教会の始まりらしい。WIKIPEDIA によると、
‘1738年、ある農家の夫人がシュタインガーデン修道院の修道士が
彫った「鞭打たれるキリスト」の木像をもらい受けたところ、
6月14日このキリストの像が涙を流したという。教会ではこれを
奇跡とは認定しなかったが、この噂は「ヴィースの涙の奇跡」
として広まり、巡礼者が農家に集まるようになった。
1740年には牧草地の小さな礼拝堂に移したが、巡礼者は
増える一方であった。そこでシュタインガーデン修道院が
先頭に立ち、一般からの浄財を募るなどして建設資金を捻出し、
1746年から建造されたのがこの教会である。’とあるが、
あんな、大きなキリスト像、農家の婦人がどうしてもらったん
だろう?どこに置いてたんだろう?なんて、つっこみたくなる。
この教会の美しさ、この旅、最大の衝撃でした。