3月・その2 | Heavy Metal Is My Way

3月・その2

3/6(月)
池袋にて

Sのスタジオ。
昨年のボーカル離脱より活動は低迷中。
昨年の間はボーカルが全くスタジオに来ず
仕事も家庭も忙しい彼だったが、
過去に在籍したバンドが復活したのを契機に辞めてしまった。
1年間、残されたメンバーはひたすらリハーサルを繰り返した。
が、結局彼は現れる事無く脱退。
辞める報告はメールのみ。
これには力が抜けた…

新しいボーカルも決まりそうな雰囲気。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
これが私の座右の銘である。


3/7(火)
母親の手術

13:00から16:30と意外に短い時間で手術は終了。
手術を終えた後は医師の説明を聞く。
摘出した癌細胞を見せられた。
不思議な気分だった。

術後、眠りから無理矢理起こされる。
麻酔事故を避ける為だろう。
私が手術した時もそうだった。

母親の痛々しい姿に胸が痛む。
私は親不孝ばかりして生きてきた。
50歳を数年後に控えた今でも、
未だに好きな事ばかりやり続けている。
今まで音楽に費やした時間やお金を、
両親に対して使う事が出来ていたら、
両親は余計な気苦労をせずにいただろう。

帰りに西船橋へ。
まる福にて一献。
ハイボールが身体に染み入った。


3/10(金)
秋葉原へ

スタジオ音楽館にてGrind Freaks 東京編。
良き兄貴分、UNHOLY GRAVE小松さんのイベント。
ここに船橋が誇るヘヴィメタルバンド、
Significant Pointがサポートアクトで出演。
素晴らしい才能を持つギタリスト、
竹内君のプレイは残念ながら不発。
スタジオライヴという特殊な状況に、
他のメンバーも完全に飲まれてしまっていた。
ステージもPAもモニターも無い、
己の腕前一つで勝負が左右される状況。
懸念していたが、やはり経験の少なさが露わに。

これを環境のせいにするか、
己の経験値の少なさと受け止めて、
未来への糧とするか。
何故自分達がGrind Freaksに出演依頼が来たのか。
どう捉えるのか全ては彼等次第。


3/11(土)
病院へ

術後の経過は良好な様子。
癌細胞の検査結果は来月頭に。
それまで心配である。

病院は癌の専門。
大きな病院にも関わらず入院患者は沢山いる。
これだけの人が入院していると、
日本は癌が蔓延しているのだと驚く。

帰りに小岩へ。
久々に源八船頭にて大島料理に舌包み。
ここのイカの沖漬けは素晴らしい。
名物あしたばの天ぷら、
冷めても美味いのが有り難い。
そして島寿司は外せない。

帰りに地元の名店ひょうたんへ。
各種もつ焼きを堪能。
にんにくタレをメインに。
特製の焼酎ハイボールで流し込む。
店のオヤジ、常連とのトークに夢中。
絶好調な御様子。


オルガンハードロックといえばAARDVARK
https://youtu.be/oB51dig1a0Q