ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q
「序」「破」でエヴァを「王道漫画映画」として再構築しているように思われた新劇場版。
が!!!誰も想像付かないような超展開、TV版後半と劇場版を思い出させる内容に
不満と不安が溢れた「Q」について思ったこと、感想以前、メモみたいなもの書きます。
ネタバレに感じてしまったらゴメンなさい。
「凄い展開になって原型残ってないように見える「Q」だけれど
周りの状況、設定を除いたエピソード、イベント自体は
「カヲルとの出会いから旧劇場版のラスト」までなんですよね。
「折角主人公らしく成長していた新劇シンジが「Q」でまた前回のシンジに戻ってしまった」
「破から後退して結局元に戻った」ようにみえるけれど
「序(YOU ARE NOT ALONE)」「破(YOU CAN ADVANCE)」(()内結果)を経た「Q」は
旧劇場版にあった「他者と繋がる事が出来ない人々の不安と恐怖」は無くなり
「どんなに絶望的な状況にあってもひとりじゃない」という微かな希望(祈り?)が感じられるのですよ。
これは凄い進歩!というか扱っているテーマが違うくらいの再構築。
冒頭マリの鼻歌で歌われる曲、アスカとマリ、ミサトとリツコ、シンジとカヲルの連弾とアレ。
ゲンドウと冬月にしても殆どの登場人物が前回の様な関係性ではなく「他者と繋がっている」。
そのお陰でラストシーンは前回に比べればとても希望のあるものになっていると思う。
となると補完計画も前回のようなモノではなくなるのかも。
「Q」の英語サブタイトルが「YOU CAN (NOT) REDO」。
他者の恐怖を乗り越えひとりじゃなくなったシンジ(監督)は世界(作品)をやり直す(再起動する)事が
できるか??その先は・・・って感じですね。
あと「破」から「Q」まで話が飛びすぎ問題は
「破」に付いていた予告通りの「Q」を作ると今回のラストが完結編のものになっていたかも
しれない、と考えるとまぁ・・・・ねぇ・・・・・って。
本当は「単なるアニメとして物語を完結させる」のを期待していたけれど
今の状況では「終末」よりも「終末後をどう生き、立ち上がるか」のほうが重要な関心事になって
しまったというか。
とかなんとか書きましたが『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』楽しみですなぁ。
「新」じゃなくて「真」希望。
その他、今の所2回観て感じたのは
〇「新劇場版で完全にエヴァに終止符を打つと思っていたのに「スピンオフ」「続編」「新シリーズ」を
作る余地を残した」ことに対する失望
〇主人公が知らない事は観客も知らなくていいという作り方は
「千と千尋」「ハウル」「ポニョ」の宮崎駿監督の方法と同じでは?
〇宮崎、ルーカスのように一人が作品の全権を握るのは見ていて面白い面もあるけれどやはり厳しい
〇同時上映の「巨神兵、東京に現る」が「Q」のビジュアル面、内容理解のイメージ補強的意味合いが
あったり「ヤ〇ト」「ガン〇ム」的?な所もあるし板野一郎氏等の参加などから
「エヴァでエヴァを越えるというよりエヴァで今までの日本アニメを総括しようとしている?(←考えすぎ)
〇マリ×アスカが良い!!!!