何度でも言うが、黒川という男はこんなところで終わる人間では無い。

 

おぞましい程に仕組まれた罠。

 

柿子への謝罪から始まり、黒川との面談、私へのペナルティ、妻への書類、そして八代への報復。

 

すべては、綿密な計画の元に着実にそのストーリーを現実のものにしてきた。

 

ここまで来ると恐怖でしかなかった。
 

最寄り駅の一つ手前で降りた私は、時間を掛けて歩いて家へ戻ることにした。

 

私は恐る恐る八代へ返信をした。

 

「そうだったんですね。言葉が出てきません。ちなみにその書類には何が書かれていたのでしょうか」

 

すると、思いのほか早く八代から返信があった。

 

「前原が柿子に対して継続的かつ強制的なセクハラを続けていたこと。そして私がそれを知っていながら一切処罰をしなかったこと」

 

そう書かれていた。

 

ふと、黒川との電話が頭をよぎった。

 

「八代も、あいつはダメなやつだな」

 

確かそう言っていた。

 

その言葉尻に、八代に対する怒りを感じ取った記憶が甦ってきた。

 

それにしても院長に対して書類を送るとは・・・もはやルールや協定など何も無かった。

 

何でもアリの緊急事態に入っている。
 

何故、八代がその書類の存在を知ったかと言えば、院長直々に電話があったそうだ。

 

明日の学会本番を前にこんな状況になった八代の心境を推し量ることなど、どんな手段を使ってもできなかった。

 

ダメージは半端ないだろう。

 

しかし、それこそが黒川の思うツボだった。

 

1年に1回の超重要な学会の前に八代を地獄の底へ突き落とすことこそが、ヤツの描いたシナリオだったのだ。

 

私は震えた。

 

ドラマでも描けないようなストーリーを、ここまで寸分の狂いもなく形にしている。

 

あいつは人間の顔をした悪魔に他ならない。
 

家の前に着いた。深呼吸を一つした。

 

今回の件で院内全体で重大イシューになることは間違いなかった。

 

いわゆる普通の企業とは違い、病院は良くも悪くも昔気質の体質だ。

 

こんなことが起きているなんて知られた日には、ただごとでは済まされない。

 

八代が処分されるのは間違いなかった。

 

すなわち、私もそれなりの処分が待っているだろう。

 

自分のことは良かった。

 

ここに来て八代に今までの何倍もの迷惑を掛けることになってしまったことが何より申し訳無かった。

 

この旅はいつ終わるのだろうか。

 

終わりなき旅の始まりに、私の心はもう上を向けなくなっていた。