しばらく仕事が忙しく、外出続きの日々が続いていた。

 

今日は久しぶりに1日オフィスで勤務する日だった。朝、トイレで八代と遭遇した。

 

「後でちょっと時間いい?」

 

「はい、わかりました」

 

これ以上の言葉は必要無かった。

 

例の件に関する話であることは間違いない。

 

嫌な予感がしながらも、急いで会議室へと向かった。
 

八代も最近多忙な日々を過ごしているので、いささか疲れている様子だった。

 

1ヶ月後には大きな学会がある。

 

そこに八代は登壇者として参加するのだ。

 

毎年恒例のビッグイベントであり、一年に一回の大仕事と言っても良いだろう。

 

この時期になると、通常業務に加えて学会の準備が加わるので、普段落ち着いている八代もピリピリしてくる。

 

その中で、私の案件が余計な仕事を増やしているので、本当に申し訳が立たない。
 

「最近、どう?」

 

静かなトーンで八代は口を開いた。

 

「最近、黒川から連絡は来ていないですね」

 

「そうか、それは良かった。こちらも実はあれから連絡無くてね」

 

てっきり新たな動きがあるかと思っていた私は、その言葉を聞いて安心した。

 

妻へ送られてきた手紙以来、私にも八代にも黒川からのアクションは無かった。

 

妻への書類が送られてきた時に、私はすぐさま八代にも共有していた。

 

八代は冷静に「その手紙は絶対に奥さんには見せるなよ」とだけ言っていた。

 

実は、黒川に会った時に八代はこの手紙を見せられていた。

 

その内容が妻に知られたら、とんでもないことになることはわかっていた。
 

八代はこう続けた。

 

「たぶん、これで落ち着いてくると思うよ」

 

私も続けた。

 

「はい。そうなると良いのですが。本当にご迷惑お掛けして申し訳ありません」

 

八代は微笑みながら「大丈夫だ」と言って会議室を出た。

 

疲れからなのか、どこか悲し気な表情をしていた。
 

この日は集中して仕事と向き合うことができた。

 

少しずつ平穏を取り戻しつつある精神状態が、物事をポジティブに進めてくれていた。

 

今週はしっかり仕事ができた達成感と共に、明日からの週末をのんびりと過ごせることにテンションが上がっていた。

 

今日は久しぶりに飲みに行くか。

 

仕事を早々に切り上げて、近くのバーでアルコールを入れた。

 

染みた、体の奥まで染みわたっていった。

 

大きく深呼吸をして、少し笑みがこぼれた。

 

やっと平穏な日々が近づいてくることに、心と体は喜んでいた。

 

この週末は子どもといっぱい遊んでやろう。

 

そう思いながら、グビっとビールを飲み干した。