家に帰ると、これまでの出来事を妻に話した。
間違いなく自分は追われているから、家族にも注意してほしいと。
しかし、妻は「考え過ぎだよ」と言って相手にしなかった。
こういう時は、男よりも女のほうが圧倒的に強い。
しかし、当事者の自分にはわかる。
自分を取り巻く環境が明らかに普通の状態では無いことを。
その日から、私のセンサーは日に日に過敏になっていった。
寝る時以外は、常に全神経が稼働している状態。
外にいる時はもちろん、家にいる時でさえインターホンが鳴る度に、心臓の鼓動も高く鳴る。
いつ追手が来るかわからない。
なんなら、黒川本人がやってくることだって考えられる。
そう思うと、1分1秒が気が気でない。
エンドレスに神経が擦り減らされていくのだ。
ある休日の昼下がりに急にインターホンが鳴った。
画面を見ると、見たことのない中年男性がいた。
黒川ではなかった。
「はい」と一言だけ言うと、男性はこう言った。
「近所のものですが、家の前にあった桜の枝を良かったらもらえませんか?」と言ってきた。
何を言っているのかさっぱりわからず、「は?何ですか?」と怒り気味で反応した。
どうやら、家の前に置いてある桜の枝を挿し木したいから欲しいとのこと。
確かに、妻が庭にある桜の枝が長くなり過ぎたので、大量に切った枝が散乱していたのだ。
ここに住んでから、こんなことを言われてこともないし、この男性も見かけたことがない。
あまりに突然の出来事に戸惑った。
不審者である可能性も捨てきれなかったが、とりあえず外に出て枝を渡してやった。
男性はぶっきらぼうに御礼を言って帰っていった。
なんなんだ・・・。
あまりに不思議なことに動揺が隠し切れない。
普段だったら何気ない出来事なのだろうか。
自分の精神状態がおかしいからおかしく感じるのだろうか。
もはや正常な判断ができていないことだけはわかった。
夕方、出掛けて帰ってくると、玄関に謎の袋が置いてあった。
中身を見ると大量の野菜だった。
あのおじさんがお返しにくれたのだとわかった。
でも、今はこういうのはやめてくれと呟く。
その後、数日何もなかったから、きっとあの男性は近所の人だったに違いない。
そして、純粋に桜の枝が欲しかったんだろうと推察した。
しかし、ここから、何故か不審な出来事が多発する。
何の因果かわからない。
仕組まれた意図的な事かもしれない。
何も分からない状況の中で、今までに無い新たな恐怖が日々この家に襲ってくることになる。