いささか大袈裟かもしれないが、命を狙われている可能性だってある。
これまでの黒川の言動から見ても、相当な覚悟と捨て身で攻撃してきている。
あっちも文字通り命懸けでこの闘いに挑んでいるくらい狂気的だ。
だから、黒川に依頼された誰かが私を追ってきて、危害を加えることだってあり得ないことではないのだ。
その恐怖心と闘いながら、曲がり角で30秒程経ったところで引き返すことにした。
勢いよく振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった。
そのまま一つ目の曲がり角まで歩いていく。
前を見ても後ろを振り返っても誰もいなかった。
思い過ごしか。
妄想が過ぎて考えすぎてしまったのかもしれない。
そう思いながら一つ目の曲がり角に差し掛かったその時、一人の女が角を曲がってきた。
一瞬、時が止まった。
「あの女だ!」
私は心の声で叫んだ。
そう、さっき改札の外にいたキャップとグレーの羽織物をまとっていたあの女が、今まさに不自然なタイミングでこの曲がり角を曲がっていったのだ。
しかも1人だった。
そこに男の姿は無かった。
この瞬間、私の思いは確信に変わった。
私は後をつけられていたのだ。
戦慄が走った。
想像はしていたが、しかしあまりにもドラマチックな展開に恐怖と興奮が入り混じる。
この時の私は、追われている恐怖よりも、見つけたことの興奮が勝っていたかもしれない。
私は自宅とは逆の方向に歩き出し、大急ぎで駅へと戻った。
そして、一目散にタクシーに乗って家へと向かった。
ここでも油断はできないから、家から少し離れた場所に降ろしてもらい、遠回りをしながら帰ることにした。
途中に公園があった。
おもむろに公園に入って周囲を確認しながらベンチに座る。
さすがに人の気配は無かった。
駅からここまでの間の出来事を反芻し、自分が追いかけられていたことを改めて認識する。
あの男と女、間違いなく私の追手である。
見た感じでどこの誰かはわからないが、微かにあの女の雰囲気に見覚えがあるような気もする。
どこかで見たような・・・しかし、全く思い出せない。
それにしても、まさか、黒川が本当にここまでやってくるとは思わなかった。
これはいよいよマジでヤバイ闘いになってきたことだけは分かった。
今まで後ろ向きにしか入らなかった自分のスイッチも、どこかで前へ進むスイッチが入っていることに気づく。
やられっぱなしでは命まで取られる危険性を本能が感じていた。
沸々と湧き上がる新たな感情と共に家へと帰った。