生き地獄とはまさにこの事だった。

 

神話でもこんなに恐ろしい悪魔は登場しないだろう。

 

黒川のアクションが、着実にそして確実に私のメンタルを削り倒していた。

 

何とか仕事はしているものの、常に心は緊張状態、鼓動も早い。

 

食欲も無いから体重もみるみる減っていた。

 

さすがに外から見ていても気づいたのか、妻が心配そうに「大丈夫?」と顔を覗いてくる。

 

鏡を見たら、明らかに顔色が悪かった。

 

目のクマも酷かった。

 

体重計に乗ると、3カ月前から7kgも減っていた。

 

それは体調が悪く見えるのも無理は無かった。

 

この日は定時早々に会社を出た。

 

それもそのはず、黒川から送られてきた文書を一刻も早く確認するためだ。

 

しかし、そこに集中してはいけないことを私はわかっている。

 

ヤツは自分が起こしたアクションで、私がどれだけ狼狽し困惑をしているのかが絶対に気になっている。

 

最悪、その書類にGPSや盗聴器だって仕掛けれていることだってあり得る。

 

そして、私自身が探偵に追いかけられていることだって十分に考えられるのだ。

 

この数日を思い返してみると、怪しい動きをする人間がいなかったわけでもない。

 

いつも以上に敏感になっているから、ちょっとしたことでセンサーが反応する。

 

不自然に近づいてくる人間や、不自然なスピードで走ってきたバイクもいた。

 

とにかく身の安全だけには気を付けて、それ以上のことは何もしなかった。

 

しかし、この書類が家に送られてきた今、明らかに状況は違う。

 

全てのセンサーを働かせて警戒しなければならない。

 

ある意味では、ここまで目に見えぬ紳士協定の中で闘ってきていた。

 

しかし、大きな一線を超えてきた今となっては、いつどこで何をされるかが全くわからなくなっている。

 

秩序もルールも取っ払われた状態になったと認識しなければならなかった。
 

私は、いつもより、慎重に、時間を掛けて家に向かった。

 

会社から駅に行くまでも遠回りをしながら、特に買う物は無いけどコンビニを二軒はしごして駅に向かった。

 

いつものホームに並ぶが、直前で違う車両に乗り込む。

 

周囲を警戒しながら、そこからまた車両を変えて一番端にある優先席へと向かう。

 

目に見える全ての人間が私を狙っているように見えた。

 

そこからの記憶は無い。

 

私は相当に疲弊していたのだ。

 

目が覚めた時には最寄りの駅だった。

 

ここでまたスイッチを入れ、周りの人間を睨みつける様に電車を降りた。

 

知らぬ間に自分の精神状態はかなり追い込まれていた。