「実はさ、また黒川と会ったんだけど」
そう言うと八代は、一つ唾を飲み込んだ。
「はい」
私は続きを急かす。
「丁度あなたが休暇に入ってすぐのタイミングで、柿子が急に会社を辞めたいと言ってきたんだ」
いつかは来ると思っていたが、その時は突然やって来た。
このタイミングで柿子が会社を辞める決断をしたのだ。
しかし、なぜそこに黒川がまた絡んでくるのかがわからない。
八代は続けた。
「柿子はもうすぐに辞めたいと言ってきた。しかし、何の引継ぎも無しに辞めることは許されないと、俺は柿子を怒った」
むしろ、今までよく会社にいれたもんだなと思う。
これだけかき回して、黒川まで引っ張り出して、私はこの段階で黒川に対する怒りよりも柿子に対する怒りが上回ってきていた。
八代は続ける。
「柿子はただ謝るだけで、とりあえず検討しますと言って終わった。そしたら、丁度昨日、黒川から連絡があって柿子の件で会いたいと言ってきたんだ」
ずっと静かに聞いて私は初めて口を開いた。
「それで、会ったんですか?」
そう尋ねた。
「そう。昨日ね。そしたら、黒川からこう要求があった」
八代の口調も少し荒くなってきたのを感じた。
「柿子は精神的に相当まいっている。そして、あなたがいる環境に耐えられない、と。何とか頑張って1週間引継ぎをする代わりに、前原を休ませるようにしてほしい。そう黒川が言ってきた」
私はもうピンと来た。
この話は最初から計画されていた話だ。
柿子がやめることも、そのタイミングも辞め方も、全ては黒川と柿子がグルになって私と会社を攻撃しているのだ。
怯えていた私の心にふつふつと怒りが込み上げてきた。
八代は続けてこう言った。
「申し訳ないが、ここは黒川の要求を呑むことにした。だから、もう1週間休んでくれ。すまない」
私は怒りを必死に抑えながら、何も言い返すことはできず「わかりました」と静かに答えた。
全ては黒川と柿子のストーリー通りに進んでいた。
八代も黒川が只者ではないことを感じ始めていた。
これ以上事が大きくなると、それこそ会社に大きなダメージを受けかねないと判断し、黒川の要求通りにすることを決めたのだった。
次から次へと攻撃を仕掛けてくる黒川。
とりあえず私は八代に任せるしかできなかった。
私が次出社する時には柿子はもう会社を辞めている。
そう思った時、ふと嫌な予感が脳裏をよぎった。
今までは柿子がまだ会社にいたから、黒川はそれでも抑え気味に攻撃していた可能性はある。
しかし、柿子がもう会社にいないとなった瞬間、その攻撃の手を更に強くしてくる可能性があるのではないか。
その恐怖が芽生えてきた。