電車に揺られること45分、ほとんど記憶は無い。
しかし、覚悟だけは決めていた。
これを話してしまうと全てが終わるだろう。
今まで幸せそうに輝いて見えた生活も、ここで一気に暗黒の生活へと変わる。
想像しただけで震えてくる。
妻の顔が浮かぶ。
子どもの顔も浮かぶ。
「みんな、ごめん」
唇を震わせながら懺悔の気持ちだけが込み上げてくる。
悪いことをしてしまったのは自分だ。
ならば、正直に全てを話し、己の愚行を晒し、しっかり断罪されるべきだろう。
めちゃくちゃに破壊されたメンタルの中に、まだ微かにうごめく正しい心の姿があった。
スマホを取り出し、黒川にメールを打った。
「50万円なんて払えません。もうどうして良いかわかりません。今日、妻に全てを話します」
自分を追い込むように書き殴って送った。
すると、すぐに返信が来た。
「それは良い判断でしょう。私はいつでもあなたの自宅に書類を持っていけるんですから」
何とも言えない陰湿なメールだ。
しかし、そんな返信メールはもう頭には入って来なかった。
最寄りの駅に着き、私は今一度スマホを取り出した。
妻に伝える前に、誰かに今のこの現状を話したかった。
その相手としてとっさに思いついたのは兄だった。
私は四人兄弟の上から三番目。兄、姉、妹がいた。
兄とは10歳以上離れていて、兄というより父親的な存在でもあった。
バリバリのやり手サラリーマンで今は海外で生活している。
時差もあるし、忙しいし、電話が繋がるかもわからない。
公園のベンチに座り、通話ボタンを押した。
「もしもし」
出た、思いのほか早く電話に出てくれた。
私は「久しぶり。急にごめん」と言った。
兄は少し驚いた様子で「全然大丈夫だけど、どうした?」と返答した。
「いや、実はさ・・・」。
そう切り出した時、不覚にも涙が一瞬にしてこみ上げてきてしまった。
泣いているのは悟られたくない。
必死に堪えようとするが、一度緩んだ涙腺を戻すことはできなかった。
流れる涙と共に、この事件の顛末を話した。
兄は冷静に「状況はわかった。奥さんにも言うんだね。それは尊重するから、全て正直に話しな。その後ゆっくり考えよう」と言ってくれた。
私は「ありがとう」と一言だけ伝えて電話を切った。
これで覚悟はさらに強いものとなった。
妻に一本のLINEを入れる。
「子どもは寝た?」
すぐに返信が来た。
「うん、寝たよ。今帰り?」
「そう。ちょっと話があるから待ってて」
そう打って、スマホを閉じた。
公園の白いライトが私だけを照らし続けている。
静寂の中に鈴虫の音色だけが響いた。
この後起こる嵐を前にして、静かな時間だけが過ぎていった。