黒川の後ろ姿を見ながら、放心状態の私の脳裏にふとよぎった。
このままこいつの後をつけていくか。
最悪、そうなってしまっても構わないと、あってはいけない想像をしていた。
しかし、私にはまだ少しばかりの理性が残っていた。
ダメだ、早まるな。お前には大切な家族がいる。
落ち着いて考えるんだ。
そう自分に言い聞かせて、黒川を追いかけることはやめた。
しばらく改札の周辺をうろうろしながら、やっと少し心が落ち着いたタイミングでホームへと向かった。
疲れがどっと押し寄せてきた。
体は鉛を乗せられたごとくに重く、口の乾燥も激しい。
とりあえず自動販売機でオレンジジュースを買い、一気に飲み干す。潤った。
乾き切った体がほんのり潤いを取り戻した。
しかし、脳内はもうめちゃくちゃに破壊されている。
この絶望的な状況からどう抜け出せば良いのか、全く解決策は見当たらなかった。
こんな状態で家に帰れるはずもない。
3日中に考えろと言われたが、そんなに自分が耐えられるはずも無かった。
俺はどうしたら良いのだろうか。
冷静に考えようと思っても、全く体がそうはさせてくれない。
あの1時間の恐怖に支配された体はもういつもの体ではない。
脳も心も、それは一緒だった。
行き場を失った迷い人はおぼつかない足取りで電車に乗り、家路とは異なる途中の駅で降りた。
そして、目の前でキラキラと輝くパチンコ屋に入った。
世の中の静寂に耐えられなかった。
空いている店内の一番奥まで進み、誰もいない席に座った。
震えながら千円札を入れてハンドルを回す。
パチパチと銀の玉が上がっては落ち、上がっては落ちていく。
この玉はまるで自分か。
今自分は、このパチンコ玉のように抜け出せない負のスパイラルに突入してしまっている。
「神様、解決策があるなら教えてほしい。できることは何でもしますから」
藁をもすがる思いで神にすがってみても、答えなど返ってくるはずもない。
自分で導き出すしかないのだ。
何度も何度も自問自答を繰り返し、何をすれば道が開けるかを考えた。
時間も夜遅くなってきた。
さすがに帰らないわけにはいかなかった。
パチンコ屋を出て、再び電車に乗る。
そして、また考える。
悪夢のレベルを超えた今日のおぞましい出来事が、走馬灯の様に全身を駆け巡る。
朦朧とした視線の先に、車内広告が映る。
「正しく、真っ直ぐに」
なんの広告かもわからない。
しかし、そのメッセージだけは心に響いた。
正しく、真っ直ぐか・・・
その瞬間、私は覚悟を決めた。
今日、妻に打ち明けることを。