会計を終えて、一緒に外へ出る。
座っていて気づかなかったが、黒川の体は想像以上に大きかった。
ゆうに180cmは超えているだろう。
黒川はまだ興奮が収まらない様子で、店の前に立ち止まりじっとこちらを睨んできた。
「お前も子どもじゃないんだからさ、わかるだろ?」
なんのことかさっぱり検討がつかない。
会社か自宅に書類を送るぞと脅されて、子どもも大人も無いだろう。
「決めたか?」
その手を緩めることなく畳みかけてくる。
「いえ、それだけは本当にやめてください」
これについては、本能的に首を縦に振ることができなかった。
「会社も自宅もわかってるから、直接持っていってもいいんだからな」
聞けば聞くほど恐怖が募ってくる。
常に縛り付けられたような状態ではあるが、さすがに最初の緊張感からは少し解放されていた。
いや、もう何をしても無理だと腹を括ったのかもしれない。
黒川の言葉に重ねるように「なんで自宅を知っているんですか?」と勇気を振り絞って尋ねた。
すると、黒川は「調べればすぐわかるんだよ。バカだなお前は」と薄ら笑いを浮かべた。
もはや恐怖でしか無かった。
ただのハッタリならすぐにわかりそうなものだが、ここまでの話で具体的な地名など納得せざるを得ない内容を言ってきていた。
これは本当にバレているかもしれない。
そう悟った時、反射的に口から言葉が出た。
「私には何をしてもいいですが、子どもだけには絶対手を出さないでください」
黒川はしばらく沈黙してからこう言った。
「当たり前だろ。子どもも奥さんも、全員がお前の被害者だ」
ホッとした。
ギリギリのラインで何とか話は通じるかもしれないと思った。
黒川はまた時計を見た。
何かに急いでいるらしい。
店の前から歩みを進め、駅まで一緒に歩いていった。
黒川も張り詰めていた緊張が少しほぐれたのか、店にいた時よりも穏やかになっていた。
もしかしたら、思っているより良い人なのかもしれない・・・。
希望的観測とも取れる感情だが、明らかに雰囲気は違っていた。
最寄りの駅につき、黒川はボソっと言った。
「まーお前だと50万も払えないよな」
私は聞き逃さなかった。
黒川が初めて金の話を口にした。
しかも脅しにならないようなトーンで言及してきたのだ。
私は小声で「そんなの無理です」と言った。
そして別れ際に「とにかく、会社に送るか自宅に送るか、考えろ。3日以内に返答が無ければこちらの判断で送る」
そう言って足早に改札へと消えて行った。