思考が停止する寸前の状況でも、必死にこの状況を理解しようとした。

 

大きな声を出す度に、黒川は私の斜め後ろをチラチラ見る素振りを見せていた。

 

他の客が気になっているのか、はたまた黒川の仲間でもいるのだろうか。

 

もちろん、後ろを見る勇気もパワーも無い。

 

そして、誰かがこの状況を見て助けてくれないかと、起こりもしないそんな展開すらも期待した。

 

一瞬、遠くのほうを見てみるが、最初に店に入ってきた状況と何ら変わっていない。

 

当然、こちらの様子を気にする人など誰もいない、店員でさえも。
 

そんなことを考えている間にも、黒川の問い詰めは止まらない。

 

「この日、柿子はお前の下半身に触れたな?」

 

何の抵抗もなく言ってくる。

 

続けざまにくる恫喝に私は怯え震えていた。

 

もう逃げられないこともわかっていた。

 

私は静かに頷いた。

 

すると、黒川はどんどんとヒートアップしていった。

 

「楽しかったか?良かったか?」

 

血走る目、震える声、黒川もまた何かと闘っているようだった。

 

私は何も言えず、ただ首を横に振るだけ。

 

私の反応を確かめる間もなく、矢継ぎ早に仕掛けてくる。

 

「お前も最低なやつだな。奥さんも子どもいるのに。柿子はおもちゃか?」

 

もはや、恫喝や脅迫に近い。

 

そして、続けた。

 

「前原、お前、この日のこの場所でやっただろ!」

 

一段と黒川の声が大きくなった。

 

もう私は事実だろうか何だろうか関係が無かった。

 

そこに判断能力は無かった。

 

静かに頷く。

 

「ふざけやがって、お前。絶対に許さないからな」
 

ますますヒートアップしているのを感じ取れた。

 

もう無理だ。

 

ここまで認めてしまったら、何も言い返すことはできない。

 

ひたすらにサンドバック状態になって、相手が殴り終わるのを待つしかない。
 

一方的に攻撃を受けてから1時間は経過しただろうか。

 

黒川が時計を確認した。

 

「お前が謝罪したことも、この事実を認めたこともわかった」

 

最後の質問が来た。

 

「お前が認めたこの事実を書類にしている。これを会社に送るか、自宅に送るか。選べ」

 

耳を疑った。

 

ここまで謝罪し、言い返すことなく事実を認めたにも関わらず、最後に一番大きな爆弾を投げ込んできた。

 

会社も自宅も、これがバレたら大変なことになる。

 

人生が終わる。

 

そう思った瞬間に、ここまで黙っていた私の口は咄嗟に動いていた。

 

「それだけはやめてください。お願いします」

 

最後に振り絞った声だった。

 

「バカ言ってんじゃねぇ。良い思いしたんだろ、お前?少しはその分を返してもらわないとな」

 

そう言って席を立った。

 

この瞬間、私は黒川に謝罪のメールを送ったことも、この場所へ会いにきたことも、全ての判断が間違いだったと後悔をした。