「座れ」

 

その言葉に促され、私は黒川の正面に座った。

 

黒川は既に何かを飲んでいた。

 

ほのかに香る酒とタバコの匂い。

 

ゆっくり顔を上げると、そこにはよくいる中年男性の姿があった。

 

髪は長めで目は細く、少し色がついているような眼鏡をしていた。

 

服装はカジュアルな白シャツとスラックスでシンプルだが、時計は金色だった。

 

どこかバブル世代の雰囲気を感じさせながら、多くの修羅場を経験しているオーラも感じた。
 

私は開口一番、謝罪を口にした。

 

その言葉に対して黒川は表情を変えずこう言った。

 

「何だって?」

 

自分では声を出したつもりだが、全く声が出ていなかった。

 

恐怖で体は硬直し、声も震え、心臓は飛び出るくらいに激しく動いていた。

 

うつむきながら、お腹に力を入れてもう一度言った「申し訳ございません」

 

すると、それまで冷静だった黒川が急に声を荒げる。

 

「聞こえねぇよ!」

 

目が血走っていた。

 

明らかに怒りを爆発させながらも、それでも必死に声を抑えてているようにも見えた。

 

私は声を振り絞って何度も謝罪をした。
 

10秒くらい静かな時間が流れた。

 

そこへ店員がやってきて、私に注文を促した。

 

こんな状況で何も飲みたくない。

 

震える声で言った、「私は大丈夫です」

 

すると店員は「必ず1オーダーをいただいておりますので」と不満そうに言った。

 

「じゃーアイスコーヒーで」

 

私はそう言って、再び頭を垂れた。
 

すると、黒川がおもむろにA4サイズの紙をテーブルに置いた。

 

「これを見ろ」

 

そう言われ、私は目の前にある紙に目を通した。

 

そこに書かれていたのは、なんと私と柿子が今まで密会を重ねてきた全ての記録が記されていたのだ。

 

どこの駅のどこの居酒屋。

 

漫画喫茶やカラオケの名前。

 

そして、入った時間から出る時間まで事細かに一つずつ書かれていたのだ。

 

「何も言い訳できないだろうけど、これは正しいな?」

 

黒川が詰めてくる。

 

全てに目は通せていないし、全てを覚えているわけでもない。

 

しかし、パッと見る限り、見覚えのある駅名や店名であることは間違いなかった。

 

どこでこの情報を得たのかわからないが、これでは逃げることはできないと悟った私は、静かに「はい」と言った。
 

黒川は続けてこう言った。

 

「認めたならいい。まー最悪、もっと違う証拠も持ってきてたから。今はそれは見せないでおく」

 

なんのことだろうか。

 

まさか、写真でも取られていたのだろうか。

 

この時間をどう対処すれば良いのか、私にはわからなかった。

 

完全に主導権を握られ、ただただ言いなりになるだけのイエスマンと化していた。