「あ、もしもし、前原です」。震える喉を必死に抑えながら声を張った。
「前原さん、やっと話せたね」
静かに男は口を開いた。
少し高い声とは裏腹に極めて冷静な口調だった。
向こうだって多少は緊張しているはずだろう。
そう思ったのは間違いか。
それくらい冷静かつ鋭く尖った口調が耳に響く。
まず私は真っ先に謝罪を口にした。
「お二人を傷つけてしまい申し訳ございませんでした」
黒川は冷静に「ふざけたことしてくれたな。どれだけこっちは傷ついたかわかるか。お前のやったことを許すことはできない」
明らかに怒っていた。
静かに、でもとても鋭利に。
その言葉の裏にあるとてつもない怒りが聞こえてくるトーンだった。
とにかくここは落ち着かせなければならない。
何度も謝罪を繰り返した。
黒川はその怒りを必死に抑えるように続けてこう言った。
「お前の家も、家族のことも、会社のことも全てわかってるからな。最悪その覚悟でいろ」
そう静かに言った。
私を取り巻く全てが走馬灯のように脳内を駆け巡り、そして取り乱した。
「わかっています。申し訳ないと本当に思っています。申し訳ございません」
もはや思考回路は小学生レベルに低下している。
狼狽している自分に焦り、謝罪と返事をしては焦りを繰り返す悪循環に陥っていた。
それでも、とにかく面と向かって謝罪させてほしい旨を必死に伝えた。
「わかった。じゃー日時と場所はまた連絡する」
そう言って10分間の電話はようやく終わろうとしていた。
そして、最後に黒川は捨てセリフのようにこう言った
「ちなみに、オレの周りは危ない関係者がいっぱいいるからな。よろしく」
そう言って電話は切れた。
危ない関係者・・・何のことだろうか。
黒川は一般社会に身を置く者ではないのだろうか。
真っ白になった頭は徐々に真っ黒へと染まっていった。
汗でベトベトになったスマホをしまおうとするが、震えてうまくポケットに入らない。
目の前の景色に色は無くなった。
この瞬間、私の人生はモノクロへと変わっていった。