ほとんど眠れぬまま土曜日の朝を迎えていた。
家でこそ完璧な仮面を被らないといけない。
今、外で私の身に降りかかっていることなんて口が裂けても言えない。
悟られることさえも許されない。
裏で起きているこの地獄の境地にあって、ごくごく普通の家庭生活を送れなんてこれまた地獄以上の何物でもない。
朝から晩まで鼓動が脈打ち、不安が頭を駆け巡り、それでも父としてすべき事をした。
今日は久しぶりに家族で実家へ遊びに行く日だった。
こんな状態で実家に行くなんて正直考えられない。
我が家は小さい頃から一人親で、母が女手一つで育ててくれた。
小さい頃から不登校だった私は、何とか大学を卒業して就職もした。
結婚もして念願の子どもができた時、母親が嬉しそうに孫を抱っこしてくれた時の顔が忘れられない。
そんな母にどんな顔をして会えば良いのか。
想像しただけで涙が滲んできた。
行くかどうか何度も迷ったが、落ち着けと自分に言い聞かせて車に乗り込んだ。
テンションを最大限に上げながら母に挨拶し、子どもを実家で遊ばせた。
既に時間は昼の11:00を回っていた。
間もなく約束の12:00になる。
グッとお腹に力を入れて、静かに息を吐いた。
この場にいてもたってもいられなくなった私は妻に「ちょっと仕事の電話してくるわ」と言って、足早に外へ出た。
鼓動が止まらない。
足も震えてきた。
まだ時間じゃないからとりあえず他の事を考えようと、15分以上ある近くのコンビニまで歩いた。
熱々のコーヒーを飲みながら、来る地獄の時を静かに待っていた。
気づけば後10分。
落ち着いて話せる場所を考えながら、そこからさらに5分歩いて行ける公園まで移動した。
後2分。
いよいよその時が来る。
目を瞑り、深呼吸をし、メールに書かれた番号を見返す。
一つ一つ番号を押そうとするが、手が震えてうまく押せない。
ここまで来たらもう逃げられない。
やるしかない。
「プルルル」
「プルルル」
5コールしても出なかった。
出て欲しい気持ちと出ないでくれと思う気持ちが入り混じる。
10コールしても出ない。
タイミングが悪かったのか。
改めようとしたその時コール音が消えた。
「もしもし」
想像していたよりも少し高い声で電話口から声がした。