そうに違いない。

 

いや、絶対そうだ。

 

曖昧な記憶の中で何度も何度もあの場面を振り返った。

 

不自然なタイミングでトイレに行き、その時にスマホを右手に持っていっていたことを思い出した。

 

そして、早すぎるトイレからの戻り。

 

間違いない、ヤツは私が喫茶店に来る前からスマホの録音機能をオンにし、私の謝罪を終えたところでトイレに行ってボタンをオフにしたのだ。

 

そういうことか・・・それならばあの「もう大丈夫」という言葉も合点がいく。

 

もう録音はしてないから、ここからは話したいことを話しても大丈夫、ということだったのだ。
 

頭の混乱が止まらない。

 

この2日であまりに多くのことが起こり過ぎた。

 

しかも後頭部をハンマーで思い切りぶん殴られたような感覚だ。

 

それが一度ではない、二度に渡って。

 

こんな状態で妻や子どものいる家に戻ることなどできなかった。

 

一旦気持ちを落ち着かせようと一人でカラオケに入った。
 

高鳴る心臓の鼓動が止まらない。

 

何度も何度も深呼吸をしてドリンクを口に含む。

 

隣から聞こえる米津玄師の歌が、うなだれる私の悲しいBGMと化す。

 

一旦、今日の出来事は忘れよう。

 

しかし私にはもう一つ大事な仕事が残っていた。

 

そう、柿子のパートナーに謝罪の文言を送らなければならないのだ。

 

相手がどんな仕事をし、家庭があるのかないのか、どんな性格なのかもさっぱり分からない。

 

しかし、会社の個人アドレスにメールを送ってくるくらいだから、相当な強者であることは間違いない。
 

彼から送られてきたメールを恐る恐る見た。

 

そこにはご丁寧に名前が記されていた。

 

その名は黒川というらしい。

 

あまりいない名前だ。

 

自分の名前を名乗ってくるあたり、もしかしたら社会人として信頼できる人間である可能性が高い。

 

希望とも言えるそのワンチャンスに掛けて、あらゆる感情を引き出しにしまい、真摯な気持ちで謝罪することに決めた。

 

柿子と黒川を傷つけてしまったこと、そして二人に多大な迷惑を掛けたこと、それを丁寧な文言で謝罪した。

 

そして、今後二度と柿子とは会わない約束もした。
 

やれることはやった。

 

少し気分が楽になった状態で家のドアを開けた。

 

何にも食べていなかったが、何かを食べる食欲は皆無だから、食べて来たことにして風呂へと向かった。