彼女は結婚こそしていないが、年上のパートナーがいた。
その話は少し聞いていたが、そもそもそんなにうまく行っていないということも聞いていた。
お互いに相手がいる上でのこの関係だから、そこをいちいち気にすることもなかった。
それにしても、何故突然、このタイミングで彼女からこんなLINEが届いたのか。
あまりに寝耳に水過ぎて、それを受け入れることは到底できなかった。
そして、これからどうなっていくのか。
猛烈な不安と共に、いきなり夢から起こされた名も無き男は、進むべき方向を一気に見失っていた。
渇いた口を潤すようにコーヒーを一口だけ含み、何事も無かったかのように家を出て会社に向かう。
いつもと同じ道を歩いて駅に向かい、いつもと同じ列に並んで電車に乗る。
見た目は平静を装っているように見えて、心と頭の中は表現できない程にぐちゃぐちゃになっている。
心拍数が上がったまま落ち着かない。
ずっとあのLINEが脳内を占拠してて、手汗が止まらない。
あんなLINEを送られて、どんな顔して彼女に会えば良いのか。
最寄りの駅に着いてから会社へ向かうまでの記憶が無い。
とにかく普通じゃない状態で出社するしかなかった。
彼女とコンタクトする気は毛頭ないが、偶然にも会ってしまうことだってあり得る。
会社に入る前に喫煙所に向かう。
一瞬だけ、ホッとする瞬間だった。
しかしすぐにまた脳内を虫達が駆け巡る。
タバコを持つ手の震えも止まらない。
こんなに会社に行きたくない日は無かった。
全ての秘密を暴露したということは、よもや会社にもバラされる危険もあった。
そんなことになったら・・・。
その瞬間に全ては崩壊する。
とにかく今のこの状況を最小限に抑えるためには何が必要なのか。
まともには働いていない頭で必死に解決策を見出そうとした。
「おはようございます」
暗証番号を入力しドアを開けた。
「前原さん、おはようございます!」
その声は隣の部署の元気な後輩だった。
全く気づかなかった。
「あ、ごめんごめん、おはよう」
そう返すのが精一杯だった。
なんとか会社に着いた。
深呼吸して席に座り、伏し目がちに社内を見渡す。
既に柿子は出社していた。
いつもと変わらぬ姿で。
何をどう処理すれば良いのかわからなかった。
とにかく、この事は忘れて、目の前の仕事に集中することだけを考えた。