何かを大切にしているが、それがなんなのか最近、ハッキリとしなくなってきた。

そんな気がする。


家を出る時には、タバコ、クスリ、ケータイ 忘れずに持って行こうとしている。

でも本当に大事なものは別にある。

10年ぐらい前に賢太郎からもらった、オレンジ色のバッグは重宝していて

着替えも含めてなんでもこれに詰め込む。

擦り切れたコート、擦り切れたネルシャツ、だいぶくたびれたブーツを履いて出掛けている。

それが理想なのかと聞かれたら、返事に困るが。

今日、久し振りに電車で座れた。

しかし喜びはない。


単語を並べて白いところをうめていく。こんな作業の連続だ。

この気持ちに火をつけて 真っ白になり泥に混じり

海に流れ、海を泳ぐ鯖の背びれにこすられたい。

それではまた後ほど( ̄(エ) ̄)ノ


ちょっとした事で自分の手の平の大きさや、起きて背伸びをした時に自分の身体の大きさを確かめたりしていた。

毎日の中で手に当たるもの、身体に触れるものなどから

まるで自分の存在を確かめてるみたいにしている。

ふとした事で

自分の住んでいる部屋の大きさに気が付き、自分の狭き心や卑屈な態度を再確認した。



季節のせいなのか、ひどく苦しくのし掛かってくる。


始まる時はもっとより創造的な生活が待っていると

少年のように胸を踊らせ、何回目かの人生のピークが来るように期待してた。

結果はそれは錯覚で、理想は脆く感情はさかなでされて

茨の枝が埋もれた湖を歩き、刺で服を破きながら苦しむ毎日で

楽しい素振りをしているのが、我ながら哀れだった。


自分の誕生日から誕生日までの間、随分と色々な事があり

手で確認出来るもの またもベースだけが残った。

でも、そんな事よりも揺れる世論の方が深刻な問題なのだが

それを落ち着いて考える気持ちにはなれない。

出来損ないのホールケーキの、上半分を削ぎ取ったような広過ぎると感じる部屋と

廃墟のような部屋の間でかけていたドアーズが、綺麗にシンクロした。


近所で引っ越しがあるみたいです。電化製品とか、シール張ってバシバシ捨てられてて。

その人には新しい生活が待っているのでしょう。どうか、他の街に行っても頑張って下さいと

見知らぬ人を応援したくなってしまいます。

いや、冬ですね…


近所に新しいアパートが建つなか、ボロ屋で震えながらの冬も


なれていく自分が寂しくもこっけいなり。