$人楽と音


実に冷える今夜、関東地方はかなりの寒さになると
ニュースなどで報じられていましたが、今、現実に寒さを実感しています。

えぇ、痛いぐらいです。

で、去年の事なんですがね。「猫」が久しぶりに夢に出てきましたんで。


毎回、唐突に夢は始まる。

この日は陽の当たる、駐車場のような場所での再会だった。

「元気かね?」
「はい、元気にしてます。」
自慢のベンツのボンネットで丸くなり、当たる陽を気持ち良さそうに受けている。
目を細めて、随分とのんびりした様子がこちらにも感じる。
「景気はどうだい?」
「今日は休みなんですよ、仕事。」
「ふむ、そういえば仕事してるんだよね?」
「はい、新しく事業を始めました。今日は久しぶりの休みで。」
「うむ、という事は社長か?」
「まぁ、一応…」
「すげぇじゃないか!オレは失業中、求職中だ。」
「穏やかじゃないですね。」
「全くだ。人生、波乱が多すぎて困る。」

伸びをするように体を起こし、猫が言った。

「少し歩きませんか。」

日差しの気持ち良い、見慣れた自宅の近所を歩く。

「この辺りも随分変わったろう。」
「道がボコボコしてますね。」
「うん、バリアフリーとかいう奴だ。」
「まるで砂利道みたいですね。便利なんですか?」
「不便だという意見も聞いた事がある。車椅子など
こういう環境だと移動に疲れるらしい。電動は別だろうが。」
「そんな気もしますね。なんとも落ち着きません。」
「そうか。」
ソワソワと前を歩く猫を、ヒョイと後ろから持ち上げた。
「あわわ」
猫は少し慌てた様子だが、すぐにオレの腕に馴染み景色を見出した。
「人の目線、どうだい?」
「新鮮ですね。何か遠くのものがゆっくり近づいてくる感じです。」
キョロキョロと見回す。一点に目が止まる。
「どうした?」
「あそこにあった家は?」

「昨年、取り壊しになり今はマンションを建設中だ。」
「あぁ、残念。あの家の縁側は良かったんですよ。」
「お祖母さんが住んでいたな。でも、引っ越したみたいだ。」

「この辺りもみんな新築になって、マッチ箱みたいなオレの借家が逆に目立つよ。」
「すきま風がすごいですからね。」
「あの頃はお前が出入りするんで、トイレの窓を少し開けていた。」
「えぇ、覚えてます。」
「器用に登って出入りしてたね。」
「猫ですから簡単な事です。」

「あぁ、すいません。ちょっと。」
そう言うとスッと腕から飛び出し、電信柱に擦り寄った。
体を擦りつけて匂いをつけているのだろう。
「マーキングかね?」
「ここは馴染みがある場所なんで。あ、いいですか?」
そう言われ、もう一度猫を抱き上げた。
腕の中で目を細め、何か楽しそうにしてる。

「景色を見なくていいのか?」
「大丈夫です。」
「うむ。」

すたすたと歩き、少し離れた場所まで来ると猫はまたキョロキョロした。

「見慣れない景色か?」
「えぇ、あまり知らない場所です。でも車ではもっと遠い場所まで行くんです。」
「それは大したものだ。あのベンツは調子いいのかい?」
「あれはプライベート用で、社用はハイブリットのを使います。」
「うむむ、やるなぁ。」
「経費削減も大事ですから。」

何か落ち着かない様子の猫に、オレは声を掛けた。

「戻ろうか。」


腕の中で猫は少し眠そうにしてた。
「おい、寝るのか?」
「いえ、ウトウトしちゃうんですよ。気持ちがいいので。」
「それは褒め言葉だと思っていいのか?w」
「はい。でもベンツのボンネットも気持ちがいいんです。」
「あれはでかいからね。」
「塗装も厚いし、鉄の分厚い板ですから熱が冷めないんです。」
「寒い時期はいいね。」
「夏は日陰に駐車すればひんやりしています。これもいいんですよ。」
「そういう楽しみもあるか。」

すたすたと歩く中、猫は寝息をたてていた。
こんな風に接するのは何年ぶりだろう。

綺麗なラインの体は腕の中で綺麗なカーブを作り、
リラックスした様子は普段の猫から想像出来ない。

「休みはどうやって過ごすんだ?」
「眠りますよ。」
「寝て終わりか?」
「いえいえ、寝て起きて、その日の気分です。」
「じゃあ、何処かに出かけたりとか…」
「はい。近所にいい店があるんです。」
「何屋だい?」
「バーです。」
「お前、酒も飲むんか?」
「いえ、雰囲気がいいんで。温かいミルクを皿で二杯。」
「うん。」
「酔いませんけどね。」
「当たり前だ。」
「夕方からオープンしててカウンターに座るんです。そして混んでくると席をどきます。」
「常連だな。」
「忙しい時は行けませんが、いいお店で気に入ってます。」

タバコを取り出し、火を点けた。

「うまいですか?」
「うまい。」

猫が笑った。

「煙たくないか?」
「大丈夫です。たまにはいいですよ。」
「そうか。」
「でも、会社は禁煙なんですよ。」
「お前の方針か?」
「テナントの都合で。喫煙者は外に出て喫煙してもらってます。」
「最近はそういう物件が増えたね。」

「さて、猫よ。」
「なんでしょうか?」
「今日は何しに来のだろうか?」


猫は腕から降り、毛づくろいをしながら答えた。

「会いに来るのに理由が必要ですか?」
「…」
「求職中の身を案じて心配で来たと思いますか?」
「…いや、そうではないけど」
「少しだけ時間があったのでお邪魔しにきました。ただね…」
「うん、どうした?」
「アドバイスなどする気はありませんが、仕事は求めるものではなく見つけるものです。
そして幸せになるために仕事をするのです。」

「それはオレも分かっている。ただ、上手く行かない時は自棄な気持ちになるよ。」
「負けちゃダメですよ。」

「うん。」

「猫だって車を運転して会社を切り盛りする事が出来ます。」
「うん。」
「夢の話だって笑う人もいますが、それは個人の自由。」
「うん、そうだね。」
「大事なのは気の持ちようですよ。」

皆まで言わずが華という事か、猫は大きく伸びをして車に向かった。

「送りますよ。」
「家までは50メートルもないよ。」
「じゃあ、遠回りしていきましょう。」

猫は微笑むようにオレを諭し、助手席に座らせた。
 
そしてこの前のようにシートに何枚も座布団を敷き、その上に座った。
座ると同時に旧式のベンツは滑り出すように動き出す。
軽やかであった。
「また上手になったんじゃないか?」
「褒められると嬉しいですよ。」

ありえない程、ベンツはスムーズに動いた。車のエアコンから暖かい風が出てる。

「いい車だね。」
「はい。助手席は特にいいですよ。」
「もっと儲けたら運転手でも雇うのか?」
「でも、これは自分で運転します。楽しいですから。」
「運転が楽しい?」
「いえ、これに乗って出かけるのが楽しいんです。」

猫は誇らしげに言った。シートでシッポがリズミカルに動いている。

「オレの腕の中より楽しそうだな。」
「比べがたい対象ですね。ただ…」
「ん?」
「どちらも普段とは違う視界が得られます。これは新鮮ですよ。」
「うん、分かるよ。」
「こうやってみると、ありふれた毎日や景色も毎日発見があります。」
「その通りだ。」

猫が急ハンドルを切り、グラリと景色が揺れた。


オレはその時、目を覚まして猫の安否を気にするも、起きた場所は寝馴染んだ布団の中だった。

そう、会いに来るのに理由は必要ない。深読みしてはいけない。

猫とオレとの仲なのだから。


体調も悪く懐も寂しいクリスマスの少し前、こんな夢をみた。

「仕事とは幸せになるためにするもの」

人生は幸せになる可能性を作る場所か。猫よ、ありがとう。

そんな事を呟きながら、今夜はこれをどうぞ。