急な知らせが入ってきたのは、一週間ぐらい前にこれを又聞きした人から伝言ゲームのように伝えられてきた。

「江ぐち」閉店


詳細については、新聞の記事でもみて下さい。

ここへは足掛け23年 最初は先輩のギタリストに教えてもらい、恐る恐る行ってみた。

細かい事は食べてからでいいからと、とにかく食べろと言われ

三鷹駅からちょいと歩いた、交差点のビルの地下にある店に行ってみた。

白いのれん、カウンターだけの席、何か古ぼけた感じだ。


大盛り玉子を注文して、出来上がるまでの様子を見てた。

丼にスープだねが入り、そこに魔法の粉がザーっと入れられ

それと同時に薄っぺらい鍋にほんの少しだけ張ったお湯に、蕎麦色をした麺が投げ込まれる。

おっさんがオレに向かって聞いた。

「大盛り玉子のお客さん、卵は生、茹で、半熟のどれにします?」

興味本位もあり「半熟で」と頼むと、卵を割るとそのまま麺を茹でてる鍋に入れてしまった。


唖然として見ていたが、あれがオレのところに来る事ぐらいは予想がついていた。

そして丼にスープが注がれ、茹で上がったらしい麺が入れられた。

丼からあふれ出してる麺の上にナルトやら竹の子やら、チャーシャーが放り込まれ、オレの丼には麺鍋で茹でられた卵が入り

「大盛り玉子、はいよ」と出てきた。


まぁ、なにわともあれ食わないとね。

麺を持ち上げ、ザザサッと口に含んだ。 ん?と思い麺を噛みながらスープをすすり、ある事を確信した。


不味い。これは不味い。麺はゴワゴワ、スープは失敗した醤油味のタンメンから野菜を抜いたような味だし

大失敗だ。しかも周りの客は嬉しそうに食っている。

なんだ、この店は!騙されたよ!




これが「江ぐち」に最初に行った時の感想だ。

何で、こんな店が美味いと言われるのか、混んでいるのか分からなかったし

値段が安いにしても、それでも違うものを食べたろうと思いながら、考えてしまった。

当時でラーメンが400円を切っていたと思う。すごい安さだったような気がするが

詳細は不詳である。


何が人を引き付けるのか分からなく、釈然としない疑問だけが残り、解決には

もう一度食べに行くのが一番早いと。これで最後だと思い店に行ってみた。

小さいおっさんはのれんをくぐり入っていくと、

「いらっしゃ~い、毎度」と言った。

うん、確かに二回目だが毎度と言うのはどうかな?まぁ、今日が最後だし

それでも、次々に入ってくる客に「いらっしゃい」と入ったり、帰る際にも

「毎度どうも!」と言ったり…もしかしてこの人、お客を全員覚えているのか?

そんな疑問とともにこの前と同じ、大盛り玉子を注文すると

「半熟で?」とすっと聞かれた。「あ、はい…」…まさか?

オレは二回目なのに何故?今ほど禿げてはいなく、髭も今ほどではない。

小汚いデブの(その当時はロン毛なんて言葉はなかったから)長髪だから目立つ部類なのか?

考えながら、この前と同じ手順でラーメンが作られる。それを見ていた。

同じ方法で作ってるのだから、これは味も同じものだろう。

そんで思いの中で完成した大盛り玉子をすすり始めた。

…あれ?この前と同じなのに、何か違う。何だろう。今日はこのゴワゴワも

スープも何もかもが自然に感じる。いや、確かめるように慌てて食べると、フト思いついた言葉…

懐かしい。

そんな感じの気持ちで胃も心も満たされていった。それから、「江ぐち」に通うようになった。

後日、先輩にギタリストに感想を聞かれ、「驚くぐらい不味かった」と素直に言うと

ニヤニヤ笑って、喜んでいて「もう食べないか?」と聞かれて、「今、通ってる」というと

「みんな、そうなるんだよ」といって二人で大笑いをした。

中央線など使う時は用がなくても三鷹で降りた。昼でも出かけていった。

でも食うのは毎回、同じ大盛り玉子。

付き合っていた女と一緒に行き、二人とも大盛りにして彼女の麺をもらってるのをみて

次に行って同じ注文をすると、厨房内で勝手に分けてくれて丼から盛り上がった

すごいラーメンを作ってくれた。

たまにチャーシューを間違えて、何枚入ってるのか分からないラーメンになったりとか。

ワンタンメンが同じタイミングでオーダーされると、他のラーメンにもワンタンが入ってたり

正直、それはいつまでも美味いと思えなかったし、ワンタンメンもそうだし

夏にでる「冷やし中華」など絶対にお勧めは出来なかった。


少し、行くのに間があき、リハの前などのフラリと立ち寄ると

「久しぶりだね、演奏旅行で日本中、飛び回ってるんだろう?」と

ニカニカしながら笑いかけてくれた。嬉しかった。

ここ10年で何回行ったか、最後に行ったのがいつだったのか思い出せないままだったが

知人の連絡の後、連日大行列になっていると聞いていたが行きたくなって。

こんな閉店だからと行くのはどうかと思うが…まるで葬儀だから行くみたいな。

でも、たまらない気持ちになり出かけてしまった。

三鷹に着くと店の前は行列はなく、看板のところに手書きで

「本日、麺切れのため終了しました」と張り紙が出ていた。

下に下りてみると、店から最後のお客さんが出てきて、女将さんが表にいるオレに

「今日はもう麺が終わりで、すいません」と丁寧にお断りをしてくれて

「知っています、ちょいと大将に」というと、おっさんが来てくれて

「いやぁ、今日は混んじゃって麺がないんだ。悪いね。」

いつもと変わらないひょうひょうとした口調で謝った。

「いや、いいんだ。おやっさん、また明日来るよ」

「明日ももっと並ぶし大変だよ、無理しない方がいいよ」

「いや、明日また。ありがとう。」

そう言って階段を登り、明日は来るのをやめようと思った。

むせ返るようなあの、麺を茹でたにおい。おっさんの疲労困憊の様子、

懐かしさと悲しさで胸がいっぱいになった。



結局、最後のラーメンを食わないでサヨナラになった。

その日、閉店間近で大繁盛の店内を写した写真がネット新聞に載っていて

おっさんの名前と年齢を始めて知った。

井上さん、お店の方一同、本当にありがとう。お店は一度なくなってしまうが

それでもオレは忘れないし、何かあれば話のタネにさせてもらいます。